『An Enemy of the People』とは
1882年に発表されヘンリック・イプセンによるプレイ。
邦題は『民衆の敵』。
ブロードウェイでは1950年に初演された。
今回は2024年に上演された、Amy Herzogによって脚色されたブロードウェイでのリバイバル公演を観劇した。
演出はSam Gold。
あらすじ
Dr Thomas Stockmannは小さな村で引っ越し開業して娘で教師のPetraと静かに暮らしている。
その村に温泉が湧くことがわかり、村をあげて療養のための温泉施設を設けることになる。
しかし、Thomasが外部機関に提出した水質報告書では温泉水は汚染されていることが判明し、人々の健康を害しうることを知る。
温泉施設は開業に向けて準備が着々と進んでいるところだったが、Thomasはこの事実を公表しようと考えるが、Thomasの兄でその村の村長を務めるPeterは、村の財政に影響を及ぼすからとそれを止めようとする。
Thomasは兄の静止を振り切るが、Peterは家族によくないことが起きる可能性があると忠告する。
Thomasはこのことを公にするが、村人たちは不都合な事実を突き出した彼を民衆の敵と呼び、攻撃するようになる。
キャスト
Dr Thomas Stockmann Jeremy Strong
Mayor Peter Stockmann Michael Imperioli
Petra Stockmann Victoria Pedretti
Hovstad Caleb Eberhardt
Billing Matthew August Jeffers
Morten Kiil David Patrick Kelly 『Into the Woods』
Aslaksen Thomas Jay Ryan 『West Side Story』
Captain Horster Alan Trong
Townsperson Katie Board, Bill Buell, David Mattar Merten, Max Roll
感想
今年はロンドンでも上演されたこの作品ですが、今回はAmy Herzogが脚色したプロダクションを観劇しました。Amy Herzogは劇作家で、今期の新作プレイ『Mary Jane』の作者でもあります。去年2023年にも同じイプセン作のプレイ『A Doll's House』を脚色していました。演出は彼女の夫Sam Goldです。主演はJeremy Strongで、おそらく映像系で有名になった方ですが、元々は舞台で活躍していた役者さんです。チケットは完売に近く、TKTSなどではほとんど売られていませんでした。
▼PV
アリーナ型の劇場で四方から観客が舞台を見つめます。舞台周囲には50cm程度の高さの囲いがされていて、そこに役者が座ることもありました。後半の会議の場面では客席の照明もつき、観客も村人としてその場に参加しているような雰囲気になりました。実際、観客のうち事前に選ばれた何人かは休憩のうちにステージ上に座るように指示され、会議のシーンが終わるまでその場にいました。休憩中には酒が振る舞われ、私もいただきましたがアルコールランプのような味で好みではありませんでした。この時、舞台上にもバーカウンターが上からおりてきて、役者はその周りで民族音楽のような音楽を歌います。そのバーカウンターや冷却装置も後半でThomasを攻撃する時に使われます。
▼休憩中
Amy Herzogは、原作にあるThomasの傲慢さを少なくするように台詞を変えたと語っています。それでも私にはThomasの発言がやや尊大に感じてしまいました。ただJeremy Strongが言うと少しやわらかい響きになるのですが。また、HerzogはThomasの妻をなくし、父ひとり娘ひとりの家庭に変更しています。このことで、娘が教職を辞めなければならなかったことと、Thomasの孤立がより際立つように思えました。
このプレイは初演から140年以上経っていますが、残念ながらと言うべきか、テクノロジーは進化しても人間の本質は変わらず、全く色褪せることがありません。科学者として公共の福祉のために身を呈す弟と、村長として村の財政を懸念する兄も対照的に描かれています。内部告発の難しさ、不都合な事実を隠蔽することに一生懸命で、それを公表して正そうとする人を悪人に仕立て上げる社会。物理的にはマンハッタンの劇場にいましたが、まさに我が国の政治を垣間見ているかのようでした。