ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

舞台ミュージカルを中心とした、ミュージカル映画、演劇、オペラに関するブログ

『The Light in the Piazza』2023.6.22.19:30 @New York City Center

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『The Light in the Piazza』とは

2005年にブロードウェイで初演されたミュージカル。

1960年に発表されたエリザベス・スペンサーによる同名小説をもとにしている。

作詞・作曲はアダム・ゲッテル。

初演時、トニー賞で作曲賞を含む6部門を受賞した。

今回は2023年6月にニューヨーク・シティー・センターのアンコール!シリーズで上演されたものを観劇した。

演出はChay Yew。

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あらすじ

イタリア、フローレンスを旅行で訪れたアメリカ人の親子、マーガレットとクララ。

この異国の地でクララはファブリッツィオという青年に出会い、一目で恋に落ちる。

マーガレットは彼をクララに近づけないように振る舞う。

子どもの頃の事故のため、クララは身体的には成長しても精神発達に障害があり、マーガレットはクララを守ろうと必死だった。

しかし、クララとファブリッツィオの互いへの一途な思いに次第に気持ちが揺らいでいく。

親子はファブリッツィオの家族にも会うことになり、結婚の話まで持ち上がるが…

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キャスト

Margaret Johnson    Ruthie Ann Miles

Clara Johnson    Anna Zavelson

Fabrizio Naccarelli    James D. Gish

Giuseppe Naccarelli    Rodd Cyrus

Franca Naccarelli    Shereen Ahmed

Signora Naccarelli    Andréa Burns

Signor Naccarelli    Ivan Hernandez

Roy Johnson    Michael Hayden

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感想

ずっと脚本を読みながらOBCRを聴いてきたこの作品をようやく観ることができました。

オリジナルのブロードウェイ・プロダクションではVictoria ClarkとKelli O'Haraが親子を演じましたが、今回観たプロダクションでは親子役をRuthie Ann MilesとAnna Zavelsonが演じ、欧米で生きるアジア人の感じる疎外感を表す演出が見どころでした。

▼highlights


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▼観劇後の感想

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メザニンセンター2列目から観劇。

柱廊を表したアートワークは、柱の隙間の影の部分に注目すると、マーガレットとクララ親子の肖像が浮かび上がる隠し絵になっています。

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一般的なEncores!の公演ではオーケストラが舞台後方の大部分を占め、パフォーマンス自体は前方の限られたスペースで行われることが多いですが、今回はpiazza(柱廊)の屋上にオーケストラが置かれ、役者は柱の間を通って舞台奥まで動くことができたので、舞台が広く使われていました。

背景の青に柱の白が映えて美しかったです。

▼開演前

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もともと『The Light in the Piazza』は、母親と障害を持つ娘が異国を旅する中で、それぞれ新たな自分に出会う物語。「障害のある娘を持つ母」「イタリアにいるアメリカ人」と、“自分は他とは違う”という感覚がこの作品には強くあります。

今回のプロダクションでは主人公にアジア系キャストを配したことで、さらにその“他とは違う”という感覚が強調されていました。しかも舞台は1950年代で、親子が普段暮らすのは保守的なアメリカ南部ということで、その疎外感はより強いものだったと想像されます。

I don't understand a word they're saying,

I'm as different here as different can be.

- The Beauty Is

当然、元々のセリフや歌詞は一切変えられていませんが、その代わり、演技に少し工夫がなされていました。例えば、親子のlast nameがJohnsonだったことから、ファブリッツィオが「ヴァン・ジョンソンと親戚か?」と尋ねる場面で(ヴァン・ジョンソンとは当時人気だった白人の映画俳優)、マーガレットは「いいえ」と答えながら自身の(アジア人の)顔を指差します。

このように言外に他の意味合いを含ませるような演技の時には笑いが起きていました。

個人的にはこの演出は効いていたと思います。

最近でこそ門戸が広がってきましたが、ブロードウェイ界隈はアジア系俳優が活躍する場が極めて限られているのは事実です。メインキャストを張れるのは『王様と私』に『ミス・サイゴン』に『フラワー・ドラム・ソング』など、少数の作品のみ。今回は、単にカラー・ブラインド・キャスティングがなされたわけでなく、明確な演出意図があってアジア系俳優がキャスティングされたことが意義深いと思いました。そして、コロナ禍に起きたアジア系アメリカ人に対する暴力事件など、最近のアジア人を取り巻くヘイトも思い起こさずにはいられませんでした。

▼「Statues and Stories」sung by Ruthie Ann Miles and Anna Zavelson


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『Sweeney Todd』ではBeggar Woman役をみられず涙を飲みましたが、マーガレットのRuthieをみられたことはこの上なく幸せなことでした。Ruthieはアダム・ゲッテルの音楽を的確に、情感豊かに表現していました。旅行ガイドブックを模した楽譜or脚本を持ちながらのパフォーマンス。特に忘れられないのが、取り乱してよろめきながら歌っていた「Fable」です。

マーガレットは事故の影響で精神発達に障害を持つ娘クララを心配して過干渉になりがちですが、Ruthie自身、2018年に交通事故で娘と当時妊娠中だった胎児を失った経験があり、それを知っている身からするとマーガレットとRuthieが重なって見える瞬間が何度もあり、涙が止まりませんでした。

▼「The Beauty is」sung by Anna Zavelson


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今回ニューヨークデビューを飾ったAnna Zavelsonは2022年のジミー賞のファイナリストで、この9月から大学生という若手ですが、天真爛漫なクララを見事に演じていました。

歌声も伸びやかで美しかったです。

今回観劇して、これまで海外で旅行や短期滞在をした時にずっと感じてきたことが舞台上で表されていて、とても腑に落ちました。もちろん実際に住んでいるアジア系アメリカ人の方が強く感じていることだと思いますが。言葉や文化の違いではなく、見た目のために周りとは違うんだという気持ち。

難しいのかもしれないけれど、ブロードウェイで上演する意義があるプロダクションだと思います。機会をみてぜひ上演してほしいです。

『Days of Wine and Roses』といい、今回はAdam Guettelを思う存分堪能した旅でしたが、彼は寡作ではあるけれど、複雑で難解でいて美しいスコアが多く、改めてその才能に感服しました。

nyny1121.hatenadiary.com

▼Overture  これを生で聴けただけでもう胸がいっぱい…


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▼『Allegiance』のナンバーでなければ優勝していたという呼び声の高い、Anna Zavelsonのジミー賞でのパフォーマンス

2022 Jimmy Awards Solo Performance - Anna Zavelson - YouTube

『Rent』2023.6.22.13:30 @Paper Mill Playhouse

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『Rent』とは

1996年ブロードウェイで初演されたロック・ミュージカル。

プッチーニ作のオペラ『ラ・ボエーム』をモチーフにしている。

作詞・作曲・脚本はジョナサン・ラーソン。

初演時、トニー賞4部門受賞。ピューリッツァー賞受賞。

今回は2023年6月にニュージャージー州にあるペーパー・ミル・プレイハウスで上演された公演を観劇した。

演出はZi Alikhan。

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あらすじ

AIDSが蔓延する時代のニューヨーク、イーストヴィレッジ。

ルームメイトである映像作家のマークとミュージシャンのロジャーは支払いが滞り、クリスマスイヴなのに電気をつけることもままならない。

かつて彼らとともに暮らしていたベニーは今や新たな家主となり、家賃の催促をしている。

そんなベニーに抗議するためのイベントを、マークの元ガールフレンドでパフォーマーのモーリーンが企画する。

モーリーンは女性弁護士であるジョアンと付き合っている。

ロジャーのガールフレンドはHIV感染者であることを苦に自殺した。自身もHIV陽性であることを知ったロジャーは恋人を亡くしてつらい気持ちでいる中、作曲に没頭していた。そこでダンサーのミミに出会うが、素直な気持ちを伝えることができない。

彼らの友人であり、大学で哲学を教えているトム・コリンズは、パーカッショニストドラァグクイーンであるエンジェルに出会う。

モーリーンが出演したイベントで、ミミはHIV陽性であることが明かされ、ロジャーとミミの距離は縮まる。

ボヘミアン精神を大切にする彼らだが、AIDSの病魔は次第に無視できないものとなっていく。

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キャスト

Mimi Marquez    Alisa Melendez

Mark Cohen    Zachary Noah Piser

Roger Davis    Matt Rodin

Maureen  Johnson    Mackenzie Meadows

Angel Dumond Schunard    Olivia Lux

Tom Collins    Terrance Johnson

Joanne Jefferson    Sami Ma

Benjamin Coffin Ⅲ    Jordan Barrow

Mark's Mom, Soloist, Others    Lauryn Alexandria

Christmas Caroler, Pastor, Others    Rickens Anantua

Steve, Waiter, Others    Andrew Faria

Alexi Darling, Mrs. Jefferson, Roger's Mom, Others    Hannah T. Skokan

Woman with Bags, Mimi's Mom, Others    Adriana Medina Santiago

Gordon, Others    Liam Pearce

Paul, The Man, Mr. Jefferson, Others    Michael Schimmele

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感想

何度も観ている演目だしなぁ…とも思いましたが、プライド月間にこの作品を観る機会はそうないことですし、せっかくなので木曜日のマチネ枠で観劇してきました。

実際に観てみたら、これまでにない独特なアプローチで演出されていて興味深かったので記事にしておこうと思います。

ちなみに、観ている間はこの演出の妙には全く気付かず、完全に理解するまで観劇後しばらく時間を要しました。

▼trailer


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▼観劇後の感想 

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今回の公演では、2023年の現在を生きるマークが『レント』で描かれている1980〜1990年代当時を振り返るという構成になるよう演出されていました。

開演前、緞帳に投射されていたモノクロの映像では、老若男女、様々な人々へのインタビューが断片的に綴られており、どうやら彼らは1980〜1990年代のニューヨークの様子について振り返りながら語っているようでした。

おそらくこれは、現在を生きるマークが映像作家として撮影したドキュメンタリーの一端なのではないかと思われます。

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そして幕が上がります。

冒頭でマークがVHSを再生機にセットし、最初の曲「Tune Up #1」が始まりますが、この冒頭の歌詞「December 24th 9pm EST...」は録音された音声でした。つまり、現代を生きるマークが、VHSに残された1980〜1990年代に自身で撮影した映像を観ているという形で物語が進んでいきます。

ここでややこしいのが、現代を生きるマークと1980〜1990年代当時のマークが同一の役者によって演じられていることです。

もしも当時マーク・コーエンが25歳前後だったとしたら、現在の彼は60歳前後のはずです。

つい先日観劇した『A Beautiful Noise, The Neil Diamond Musical』のように、過去と現在で少なくとも2人の役者が異なる時相を演じればわかりやすかったと思いますが、そうではなかったので観客の多くはこのことに気づきづらかったと思われます。

でも、あれおかしいな?と多くの観客が感じたと思われるのが「Seasons of Love」。

2幕冒頭の曲で、通常は演者が横一列に並んで客席に向かって歌い、物語の筋からは離れ、作品のテーマを提示する概念的なナンバーですが、今回は舞台前方中央に客席に背を向けて座るマークに向かって、役者たちは迫っていくかのような勢いで歌っていました。

通常は人生讃歌のように朗らかに歌われる「Seasons of Love」ですが、今回は歌い手たちは笑顔を作らず、まるでマークを叱責しているかのようでした。

このシーンから、今回の公演はあくまでマーク本位の演出なのだとわかりました。きっと誰もマークを責めていないはずですが、マークは青春時代の仲間との一コマを垣間見て、彼らの分まで日々懸命に生きられているのかと自責の念を感じてしまったのかもしれません。

同じように演者全員がマークに向かって歌いかける演出は「No Day But Today」でもみられました。おそらく「Seasons of Love」と同じ理由だと思います。

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また、舞台セットは大きめの鉄骨組みでしたが、「Life Support」でのアルコホーリクス・アノニマスはそのセットの裏に隠れるような場所で行われていました。

そのため、そのシーンでは直接的に歌っている役者を観ることができなかったのですが、途中でマークがビデオカメラを持って入室すると、そのビデオカメラで撮影された映像が、上手側のスクリーンに映り、映像を介してその場の様子を観られるという仕様になっていました。

このシーンの既視感が強すぎる、と思ったら、2019年ブロードウェイ再演の『West Side Story』でのマリアの部屋のシーンと全く同じですね。この時の演出はイヴォ・ヴァン・ホーヴェでした。

キャストは若手が多く、ブロードウェイ未経験、大学を卒業したてのような方ばかりでしたが、個人的には素晴らしかったと思います。やはりオリジナルキャストのイメージが強く、人種も固定的な印象をこれまで受けてきましたが、今回はモーリーンがブラックの方、ジョアンはアジア系と様々な人種がrepresentされていて良かったです。

ただ残念だったのは、キャストには全く罪はないのですが、マイクトラブルが立て続けに起き、部分的にマイクなしになってしまったこと。これは技術系の問題かと思いますが、『Rent』はロックオペラと呼ばれるように歌がずっと続くので、ナンバー間でマイク調整する時間がなかったため、しばらくその状況が続きました。「Christmas Bells」のハーモニーがとても好きなのですが、このトラブルによってそれが台無しでした。

2幕になってもマイクトラブルは改善せず、ついにこの作品で最も感動的ともいえるナンバー「I'll Cover You (Reprise)」の場面に。それでもブチブチと音が途切れてしまい、誰もが落胆したその時、「みなさん、少しよろしいでしょうか。この曲は間違いなくアメリカのミュージカル史上最も美しいナンバーであり、正しい形で歌われるべきだと思いますので、マイクを調整する時間をください。Terrance、バックステージに来てください。」とアナウンスが入り、会場は温かい拍手に包まれました。

無事にマイクは調整され、「I'll Cover You (Reprise)」の頭から仕切り直されました。

頑張っている役者さんたちが可哀想でした。マイクを新調してあげてほしいと切に願います。

今回初めて、この劇場で銀橋が使われているのを観ました。ステージ上の「La Vie Boheme」の喧騒から逃れて、ミミとロジャーが「I Should Tell You」で愛を告白するのが銀橋でした。

「La Vie Boheme」で挑発的に歌い踊るのは当然なのですが、「La Vie Boheme B」にもなるとテーブルの上に並ぶありとあらゆる料理や食器を投げ飛ばして、誰も彼もやりたい放題になっていて笑ってしまいました。

ラストで、その他大勢を背景にマークが1人で舞台前方に立ちます。この時点では現代を生きるマークとして存在しているものと思われますが、当然脚本や歌詞は変わっていないので、マーク以外の登場人物たちの現在については触れられていません。

HIV感染者だった仲間たちはsurviveしたのか。彼らが出るのを渋っていたアパートはどうなったのか。モーリーンとジョアンは現在もパートナーなのか。それらは全て観客の想像に任されています。

考えたくはないですが、登場人物全員がsurviveして現在生きているわけではないと思います。

1990年代でストップしていたこの物語を2023年まで引き延ばし、後に残された者の物語として捉え直すこの演出ですが、『レント』で描かれている世界は古くZ世代には響かないのではと言われる昨今、この方法はこの作品をreviveして幅広い年代に訴えることのできる一つの解なのではないかと感じました。

▼ホワイエの掲示

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ボヘミアンの語源まで遡って、この作品を解説したPaper Mill Playhouseによる動画

RENT | Prologues - YouTube