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『Life of Pi』2023.6.16.19:30 @Gerald Schoenfeld Theatre

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『Life of Pi』とは

2019年にシェフィールドでプレミア公演された後、2021年にウェストエンドで初演されたプレイ。今回は2023年ブロードウェイで初演されたプロダクションを観劇した。

2001年に発表されたヤン・マーテルによる小説『パイの物語』をもとにしている。

オリヴィエ賞では作品賞を含めた5部門で受賞した一方、トニー賞では3部門(舞台装置、照明、音響)で受賞した。

ブロードウェイ公演でもロンドン公演から引き続き、Hiran AbeysekeraがPi役を続投した。

演出はMax Webster。

その他の主なクリエイティブは以下の通り。

脚色 Lolita Chakrabarti

舞台装置・衣装 Tim Hatley

パペットデザイン Nick Barne's & Finn Caldwell

映像 Andrzej Goulding

照明 Tim Lutkin

音響 Carolyn Downing

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あらすじ

とある病室から物語は始まる。

海難事故について詳しく話すよう辛抱強く説き続ける調査員に、少年は怯えながらも「神を信じるか」と尋ねる。

無神論者であるという調査員に、「この物語を聞けば神を信じたくなる」と、少年は徐に自身の遭遇した海難事故の経緯について語り始める。

1970年代、インド、ポンディシェリで動物園を経営する両親のもと、16歳の少年パイは、数学が得意な姉のラニとともに暮らしていた。

動物園の目玉として連れられてきたベンガルトラにリチャード・パーカーと名前をつけ、興味津々なパイだが、父はパイの可愛がっていた草食動物(多分、ヤギかインパラ)をトラの檻に入れ、肉食獣の凶暴性をパイに実際に見せて学ばせる。

その日以来、パイはリチャード・パーカーを嫌うようになる。

パイの関心は神の存在にも向けられ、キリスト教イスラム教など複数の宗教の集会に参加しているが、どれか一つの宗教を信仰するよう母に嗜められる。

インドの内政が不安定であることから、パイの一家はカナダに移住することになるが、この船旅の途中、嵐に見舞われ遭難する。

気づくとパイは大海原に浮かぶ小さなボートの上にいた。

ハイエナやオランウータン、足を怪我したシマウマと過ごしていたが、途中でベンガルトラのリチャード・パーカーがボートに乗り込んでくる。

ボートの上で繰り広げられる弱肉強食の世界に、次に襲われるのは自分なのではないかと恐れるパイ。

ある日、リチャード・パーカーが魚を食べて満足している隙を狙い、パイは権威を見せつける。

そんなパイの話に懐疑的な調査員たちは、彼に真偽の程を改めて尋ねると、パイはもう一つの物語を語り始める。

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キャスト

Pi    Hiran Abeysekera

Cook/Voice of Richard Parker    Brian Thomas Abraham

Father    Rajesh Bose

Nurse/Amma/Orange Juice    Mahira Kakkar

Rani    Sonya Venugopal

Father Martin/Russian Sailor/Admiral Jackson    Avery Glymph

Mrs. Biology Kumar/Zaida Khan    Mahnaz Damania

Mamaji/Pandit-Ji    Sathya Sridharan

Lulu Chen    Kirstin Louie

Mr. Okamoto/Captain    Daisuke Tsuji

Richard Parker    Nikki Calonge, Fred Davis, Shiloh Goodin, Rowan Ian Seamus Magee, Jonathan David Martin, Betsy Rosen, Celia Mei Rubin, Scarlet Wilderink, Andrew Wilson

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感想

事前に日本で公開されていた、ナショナルシアターライヴの同作品のウェストエンド公演の映像を観て非常に感銘を受けていたので、今回こちらの作品を観ることは決めていました。

▼NT liveで観た時の感想

▼trailers


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NY到着日に観劇しましたが、劇場に着いたのがちょうど19時半。

事前に床に投影されるプロジェクトマッピングを見るためにはオーケストラ席は不向きと聞いていたので、迷わずfront mezanine centerを購入し、大急ぎで座席に向かいましたが、問題なく開演に間に合いました。

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▼観劇後の感想

映像で観ておおよその流れはわかっていたのですが、やはり生で観ても素晴らしかったです。

この舞台の魅力は脚本の面白味や後半の予期せぬ展開はもちろんのこと、シームレスに場面転換可能な舞台装置やそれに連動するプロジェクションマッピング、躍動感あふれるマペットと、ライヴの舞台だからこそ為せる技が随所で生かされていることにあると思いました。

特に床から浮かび上がるボートの作りは組み木細工のようで感嘆しました。

床に投影される映像には航海の地図や海を泳ぐ魚の群れなどがあり、音を伴って臨場感を出すのに役立っていました。

海に飛び込むシーンでは、床に部分的に開けられた穴にゴム製のフタがされていて、人が奈落に落ちるとすぐに床面に戻る作り(言葉の説明では想像しづらいと思うので画像なり動画なりググってください)。

お話の上で特に後半、人間との対比という点でも動物のマペットは重要なのですが、まずマペットのデザインが解剖を意識した作りになっていて(特にトラ)見事。

さらに、マペットの使い手たちの手腕によって、言葉を介さずとも身動きだけで動物たちの感情や考えが表されているのが実に巧みです。

思い返せるだけでも、マペットで表されていた動物にはベンガルトラ、シマウマ、ハイエナ、オランウータンなどがありましたが、これらのマペットデザインに関して、トニー賞で評価する部門は明確化されていないようなので、今後そのような部門ができてもいいのではないかと思いました。

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演者に関しては、ロンドンから引き続きタイトルロールを演じているHiran Abeysekeraが、少年パイを好演していました。

その人生の物語の概要を聞くと悲劇的な運命を背負った少年ではあるのですが、実際にはHiranの演技によって、パイのユーモアのある、やや素っ頓狂な一面が描かれています。

その演技に癒されつつ、確かに悲しくはあるけれど、想像以上に、からりとした気持ちで観終えることができました。

Hiranの演技に加えて、脚色が良かったからこそ、原作小説や映画版よりも、個人的にはこの舞台版の方がより興味深く鑑賞できたのかもしれません。

岡本氏が船員で出演するシーンで、ロンドンでは中国語の台詞でしたが、ブロードウェイでは日本語の台詞に変わっていました。(ロンドンでは中国語の台詞で笑いなんて起きていなかったと記憶しているのに、なぜかブロードウェイでは日本語の台詞の時にドッカンドッカン爆笑が起きていて、全く訳が分かりませんでした。そんなに日本語の響きが面白かったのでしょうか。)

岡本氏役はロンドンでは中国系の役者が演じていましたが、今回は日系の役者が演じていたので、役者の母語に合わせたのでしょうか。もしくは、件(くだん)の船は日本製と説明されているから日本の乗組員がいたはず、ということで言語が変更されたのでしょうか。(憶測にとどまります。)

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上のツイートにも書きましたが、カニバリズムや信仰という点において、NT liveで観た時に思い起こしたのが大岡昇平の小説『野火』。高校時代に父の勧めで読んで衝撃を受けて以来、何年かおきに読み返している数少ない小説の一つですが、まさか『パイの物語』と同じ原作を持つ作品だったとは。

野火(のび) (新潮文庫)

一方はフィリピンのレイテ島での戦地体験、他方は海難事故と舞台は異なりますが、いずれも現代の日常生活では想像し得ない、極限状態での人間の生き様、倫理観を描いている点で共通しています。

『パイの物語』では動物と人間の対比を提示して、「動物と人間を分けているものとは」、「人間性とは何か」をより強く示しているように感じられます。

想像を絶する経験をしたパイは、

2つの小説の元になったエドガー・アラン・ポーの小説『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』も日本で出版されていると知ったので、後で読んでみようと思っています。

ポオ小説全集 2 (創元推理文庫 522-2)

以下は期間限定の情報ですが、2023年8月頃まで、ナショナルシアターライヴで日本の映画館でも観られます。詳細は随時更新される公式ページでご確認ください。

ナショナル・シアター・ライブ「ライフ・オブ・パイ」 劇場情報