『I Can Get It for You Wholesale』とは
1962年にブロードウェイで初演されたミュージカル。
1937年に発表されたJerome Weidmanによる同名小説を基にしている。
作詞・作曲はHarold Rome。脚本はJerome Weidman。
バーブラ・ストライサンドのブロードウェイ・デビュー作としても有名。
今回は2023年にオフ・ブロードウェイのClassic Stage Companyで上演された公演を観劇した。
今回の公演では、脚本を担当したJerome Weidmanの息子であるJohn Weidmanによって脚色された。
演出はTrip Cullman。
あらすじ
舞台は1937年、ユダヤ人によるアパレル産業が盛んなニューヨークのガーメント・ディストリクト。
まだ子どもだったハリー(ユダヤ名Heshie)は父亡き後、配達員として汗水垂らして働いていたものの、いじめられて稼ぎを盗られてしまうことが多かった。
成人してもハリーはいまだに配達員として働いており、母アイダと2人暮らしで家賃を支払うのも大変な生活を強いられている。
さらにストライキが始まり、収入源を完全に絶たれたハリーは「どんな手を使ってでも必ず金持ちになる」と心に誓う。
ハリーは、ストライキに狼狽しているドレス製作会社を営むプルヴァマッハーに「自身の会社に全ての配送を依頼してくれるのであればスト破りをする」と持ちかけ、承諾を得る。
早速、親友のトゥッツィーや、幼なじみでハリーに片想いをするルーシーに借金し、ハリーは自身の会社「The Needle Trade Delivery Service」を立ち上げる。
すぐに会社経営は軌道に乗り、ハリーは滞納していた家賃を返し、母アイダに高価なプレゼントを送るものの、お金を貸してくれたトゥッツィーやルーシーにお礼をすることはなかった。
成功に味をしめたハリーは自身のドレス製作会社を立ち上げようと考え、敏腕セールスマンのテディやデザイナーのマイヤーらを自宅へ食事会に招く。
食事会ではアイダやルーシーが食事の準備をするが、ハリーはそれらを気にも留めず商談に夢中になっている。
「Apex Modes」という会社の立ち上げが決まり、喜ぶハリーだったが、アイダはルーシーに無関心な息子を見て、ルーシーに申し訳ない気持ちになっている。
ルーシーは父の遺産を全てハリーに渡すと告げるが、ハリーは彼女の気持ちに応えられないと申し出を断る。
その後、ハリーはクラブで知り合ったマーサと親しくなり、彼女に高価な贈り物を渡すようになる。
ハリーは親友のトゥッツィーから10000ドルを巻き上げる。
さらに、ハリーは浪費を続け、次第に資金は減り、支援者も徐々に離れていく。
ついにテディが会社の経営から足を洗いたいと申し出る。
マイヤーと2人で会社を運営することになったハリーは、マイヤーに裏口座を開設して脱税することを持ちかける。
破産申請をし、裁判で脱税が明らかになった時、ハリーはマイヤーに罪を着せる嘘の証言をし、マイヤーは刑務所に送られる。
ハリーは無実の身となったが、その時にはそばに誰もいなかった。
キャスト
Harry Bogen Santino Fontana
Maurice Pulvermacher Adam Grupper
Miss Marmelstein Julia Lester
Ruthie Rivkin Rebecca Naomi Jones 『Oklahoma!』
Meyer Bushkin Adam Chanler-Berat
Mrs. Ida Bogen Judy Kuhn
Martha Mills Joy Woods 『Little Shop of Horrors』
Blanche Bushkin Sarah Steele
Teddy Asch Greg Hildreth 『Frozen』
感想
反ユダヤ主義の強まっている社会背景もあり、最近ブロードウェイ界隈ではユダヤ色の強い作品の上演が続いている気がします。
ガーメント・ディストリクトはマンハッタンの34丁目から42丁目、5番街から9番街までの区画を指し、ユダヤ人を中心としたアパレル産業が発展していた地区です。
今回の公演はジョン・ワイドマン*1が脚色を手がけ、原作小説から主人公ハリーの独白を追加することで、彼の言動をより理解されやすいものとしようと変えられています。
というのも、ハリーは貧困を苦に金の亡者となり、親友や恋人、ビジネスパートナーまで裏切るというアンチヒーロー。いい奴ではありませんね。
ただでさえ富豪のイメージが強いユダヤ人が金の亡者で悪役となると、現在の感覚では受け入れづらく、なぜその裏切り行為に至ったかを示す必要があったのでしょう。
▼trailer
▼開演前
主人公のハリーを演じたSantino Fontanaは柔和なイメージなので、ハリーの悪い部分を彼のキャラクターがやや和らげていた印象でよかったです。いわゆる悪役顔の演者だとしたら、つらすぎて最後まで観ていられなかったと思うので。
慎ましく暮らすハリーの母アイダをJudy Kuhnが好演していました。この2人の演技にユダヤ的な家族愛の強さが出ていました。
今回の脚色によってハリーの言動に説得力が出ていたかというと、初演を観ていないので何とも言えませんが、やはり疑問です。ハリーが子ども時代にいじめられた理由がユダヤ人であることだったとしても、どれだけつらかったとしても、自分に対してよくしてくれる人たちを裏切る行為はどんな状況においても許しがたいからです。
どう取り繕っても、観ていてつらくなるお話でした。
▼休憩中
この作品の音楽を手がけたHarold Romeという人については、今回観るまで全く知りませんでしたが、黒柳徹子さんがニューヨークに留学するきっかけを作った作曲家だというのを最近知りました。
ユダヤの伝統的な音楽を感じさせるナンバーが多いですが、特に有名なのは、ドレス製作会社の秘書Miss Marmelsteinが歌う「Miss Marmelstein」です。
この役は初演時にバーブラ・ストライサンドが演じ、トニー賞助演女優賞にノミネートされました。
Miss Marmelsteinはストーリーに直接影響を及ぼすわけではなく、ややコミックリリーフ的な役回りなのかなと思います。重いストーリーの清涼剤のような役割。
今回は『ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル』で知られるJulia Lesterが務めています。
▼Julia Lesterの歌う「Miss Marmelstein」
机や椅子を動かして場面転換するスタイル。
登場人物が多いので舞台上にぎっしり詰まっている感じで、最前列の観客に当たりそうなほど近距離でパフォーマンスする場面もあり、少しbusyな印象になる時もありました。
*1:ソンドハイムのミュージカル『South Pacific』『Assassins』『Road Show』の作詞を手がけています。