『ウォンカとチョコレート工場のはじまり(2023)』とは
2023年に公開されたワーナー・ブラザーズによるミュージカル映画。
ロアルド・ダールによる1964年の児童小説『チョコレート工場の秘密』の前日譚を描いている。
同小説はこれまで1971年(ジーン・ワイルダー主演)と2005年(ジョニー・デップ主演)の2回実写映画化されており、本作では1971年版で使われた、レスリー・ブリカスとアンソニー・ニューリーによる楽曲「Pure Imagination」と「Oompa Loompa」が使われている。この2曲以外の音楽は、ニール・ハノンとジョビー・タルボットによるオリジナル曲である。
監督はポール・キング。
あらすじ
いつかロンドンのギャラリー・グルメで世界一のチョコレートショップを開きたいという夢を持っているウィリー・ウォンカは、ついに憧れの地を訪れる。
自身が店を出す日には亡き母が見守ってくれていると信じて。
しかし、スラグワースとプロドノーズ、フィクルグルーバーによって構成されるチョコレート組合が警察と組んでおり、新たにチョコレートショップを開こうとする人々を妨害していた。
また、スクラビット夫人やブリーチャーに騙されたウィリーは多額の借金を背負わされ、30年間、夫人の営む洗濯屋で働くことが強いられる。
そこで出会った家なき子ヌードルやウィリーと同じよう目に遭ったアバカス、パイパー、ロッティー、ラリーの協力を得て、ウィリーは自身のチョコレートを売ってみんなの借金を返済しようとする。
キャスト
ウィリー・ウォンカ ティモシー・シャラメ
ヌードル ケイラ・レーン
警察署長 キーガン=マイケル・キー
スラグワース パターソン・ジョセフ
プロドノーズ マット・ルーカス
フィクルグルーバー マシュー・ベイントン
ウォンカ夫人(ウィリーの母) サリー・ホーキンス
神父 ローワン・アトキンソン
アバカス ジム・カーター
パイパー ナターシャ・ロスウェル
ロッティー ラキー・タクラー
ラリー リッチ・フルチャー
ブリーチャー トム・デイビス
感想
公式では原作小説の前日譚を描いたと書かれていますが、実際に蓋を開けてみたら、この映画は明らかに1971年の映画版への強い繋がりやオマージュを含んでいました。
この映画単体で観ると夢溢れるファンタジー映画として幅広い層が楽しめることと思いますが、今回は1971年版との関連に着目して書いてみたいと思います。
▼trailer
▼trailer その2
1971年版については以前こちらの記事にまとめたので、ここでは詳しく書きませんが、ジーン・ワイルダーの演じるエキセントリックなウォンカや、美術スタッフによる趣向を凝らした手作りのチョコレート工場内のセットが、今となっては再現できない味わい深さを出していて、後年カルト的な人気を博しました。
一方、2005年版ではウォンカの生い立ちに触れるエピソードがあったものの、チョコレート工場内のデザインはCGによるもので、1971年版の味わいはありません。
本作(2023年版)のプログラムを購入して読んでみると、1971年版で原作者から受けた批判を受けて2005年版は改良した、というような記述があり、1971年版をやや貶めるような書きぶりに驚いたのですが、これは本作と2005年版がワーナー・ブラザース配給なのに対し、1971年版はパラマウント・ピクチャーズ配給と配給会社が異なるためなのかと思いました。
実際、発案者の監督(1978年生)も年齢的に影響を受けているのは1971年版のはずなのに、このプログラム内では1971年版について言及していません。
ここで改めて書いておきますが、国際的にはウォンカ役は1971年版のジーン・ワイルダーこそiconicであり伝説的な存在で、映画全体としても1971年版の方が2005年版より評価は高いです。日本では劇場公開されなかったため、そもそも1971年版の知名度が低く、話題にあがりませんが。
そして、事前に1971年版を観ていると、この作品はやはり1971年版との繋がりが深い作品だと誰もが思うはずです。
その理由を次に書いていきます。
1971年版との繋がり
・「Pure Imagination」と「Oompa-Loompa」
1971年の映画版で使われた、耳に残る2曲のナンバーが使われています。特に「Pure Imagination」は珠玉の名曲だと思います。
これら2曲は、同じ原作を持つ舞台ミュージカル『Charlie and the Chocolate Factory』のブロードウェイ公演でも採用されました。
▼「Pure Imagination」
▼「Oompa-Loompa」(2:28〜)
・ウンパルンパの外観
ロアルド・ダールは原作小説で、元々、ウンパルンパを「ウォンカがアフリカで捕まえてきたピグミー*1」としていましたが、全米黒人地位向上協会からの申立てにより、後年「バラのように白い」と形容するよう変更しています。
本作ではオレンジの肌に緑色の髪を持つ人として描かれているウンパルンパですが、この外観の設定は1971年の映画版と同一です。
・スラグワースという存在
スラグワースは原作小説にも2005年版にも登場しません。
1971年版のサブプロットとして登場するスラグワースは、ウォンカのライバル企業の社員で、ウォンカのチョコレート工場の秘密を探ろうとしている怪しい男です。
チャーリーが金のチケットを手に入れた時にも近寄ってきます。
今作では若きウィリーをチョコレート業界から追い出そうとするチョコレート組合のドンとして登場し、1971年版と矛盾のない設定になっています。
なお、この1971年版のサブプロットは、脚本家デヴィッド・セルツァーによって作られたものです。1971年版の脚本は原作小説を手がけたロアルド・ダールのみと単独でクレジットされていますが、実際には全体の3割がデヴィッド・セルツァーによるものです。
・「Scrash that, and reverse it.」
今作の劇中で使われた台詞「Scrash that, and reverse it.」は、1971年版の中でもウォンカの台詞としてあります。
・特徴的な類似の振付
本作の冒頭「A Hatful of Dreams」の中でのウィリーの振付と酷似しているものが1971年版にあります。
本作での該当箇所は下の動画の4:35頃。下りている階段を2段後ろに戻るという仕草。
このシーンを観た時、1971年版を観ていた人たちはピンときたと思います。
▼冒頭10分間
1971年版では「Pure Imagination」のナンバー中に、ウォンカが子どもたちと保護者を連れて工場内を案内しながら階段を下りる際、同様の仕草をしており、ウォンカが予測不能な人物であることの象徴のようです。
本作で見られたこの動作は明らかに1971年版へのオマージュと言えると思います。
・キャストらが本作と1971年版の関連性を明言
1971年版のウォンカはとにかく「予想できない行動をする突拍子もない人」というイメージが強いですが、それを強烈に印象づけたのが彼の登場シーン。
大勢の人々が門の前に群がる中、チョコレート工場から杖をつきながらゆっくりと歩いてきた彼は、途中で杖を立て、直立したまま前方に倒れるかと思わせながら、地面につく直前ででんぐり返しをします。
このシーンを本作でも再現しようとしたが失敗したと、BBC Radio 1でティモシー・シャラメが話しています。
▼BBC Radio 1で話すティモシー・シャラメ 該当箇所は4:20頃〜
以上が本作と1971年版の関連性についてのまとめでした。
今作(2023年版)で描かれるウォンカ像というのは、母との約束を胸に、夢に向かって突き進む若者であり、街中では会釈をしたり、恵まれない人になけなしの金を渡したりと、人助けの優しい心を持ち合わせた社会性のある好青年です。
一方、1971年版でジーン・ワイルダーによって演じられるウォンカは、ライバル社からのスパイから工場を守るために徹底した警備を敷く孤独な初老であり、浮世を嫌い、人間不信で、子どもがあわや死にかけるような事故が起きても平然としているブラックな一面も持ち合わせています。
このように、1971年版と2023年版のウォンカ像はかなり異なりますが、この2作品の間には10〜20年程度の乖離があり、その間に起きた出来事が彼に変化をもたらしたのでしょう。それを描くには『続・ウォンカとチョコレート工場のはじまり』のような映画が必要になるわけですが。
悪者が膨らんで飛んでいってしまうなどの遊び心あふれる性格は、両者に共通しているかもしれません。
本作では、私欲のためではなく純粋な愛のために仕事をすることや分け合うことの喜びといった原作小説のテーマも感じられました。
また、ウィリーは後年、チャーリーの中に、ヌードルのような純真さを見出したのだろうとも思いました。
歌い出しで始まるオープニングといい、街中の群舞といい、ミュージカル映画としても見応えがありました。
本作をご覧になった方は、BDや配信でのレンタルもあるので、ぜひ1971年版もご覧になって、ぜひ未来のウィリーに想いを馳せていただきたいです。