『The Harder They Come』とは
2023年オフブロードウェイで初演されたミュージカル。
1972年の同名映画をもとに舞台ミュージカル化したもの。
脚本はSuzan-Lori Parks。
映画版の音楽を手がけたJimmy Cliffの楽曲に加えて、Susan-Lori Parksによる新曲も登場する。
演出はTony Taccone。
あらすじ
舞台はジャマイカ。若きアイヴァンは祖母の死を機に、母の暮らす大都市に移り住み、いつか歌手になってレコードを作りたいという夢を持っている。
しかし、働き口を見つけるにも一苦労で、レコードを作る資金すらない。
仕方なく教会で手伝いながら生活していたところ、牧師の養女であるエルサに出会い、恋に落ちる。
なんとかオーディションをきっかけに、楽曲「The Harder They Come」を売り出す算段が立ったが、アイヴァンに支払われたのはたったの20ドルのみで、そのほかの収益は全てプロデューサーがぶん取ってしまう。
途方に暮れたアイヴァンはプロデューサーを経ずにレコードを売り込むが、プロデューサーと癒着したラジオ局はそれを拒む。
行き詰まったアイヴァンは、生計を立てるため、次第にドラッグの密売業に手を染めていく。
キャスト
Ivan Natey Jones
Elsa Meecah
Jose Dominique Johnson
Pedro Jacob Ming-Trent
Preacher J. Bernard Calloway
Hilton Ken Robinson
Daisy Jeannette Bayardelle 『Girl from the North Country』
Skip Shawn Bowers 『Ain't Too Proud: The Life and Times of The Temptations』
Lyle Andrew Clarke
Ray Dudney Joseph Jr.
感想
パブリックシアターの上演作品ラインナップでみかけ、観劇を決めました。
もとになった映画はレゲエブームの火付け役的存在とのこと。
これまでジミー・クリフという名さえ知らないレゲエ初心者の私でしたが、事前にみた映画から流れてくる音楽はどことなく親しみを感じるもので、それはなぜだろうとずっと考えていると、「東京スカパラダイスオーケストラ」っぽい曲だからだということに気づきました。(ただ「スカ」はジャマイカで生まれたレゲエとも関係の深いジャンルの音楽なので、自分がそう感じたのは自然だったのですが。)
▼trailer
▼マスク着用が必須の公演でした。
▼観劇後の感想
8本目『The Harder They Come』1972年の原作映画の音楽に新曲が加わり、躍動感溢れるダンスと圧倒的な歌唱で魅せるミュージカル。2つの回り舞台を駆使したステージング。母とエルサが途方に暮れて歌う「Many Rivers to Cross」が胸に突き刺さった。マスク必須の公演日を選んだので安心して鑑賞できた。 pic.twitter.com/CS88yqoaJk
— るん / Lune (@nyny1121) March 19, 2023
カリブ海の島国らしい色彩豊かな背景や壁。
舞台の左右にある2つの回り舞台を駆使して、雑踏を駆け回る様子を表現したり、ダンスシーンをよりダイナミックに見せる工夫がなされていたりしました。
歌手になる夢をもち、瞳が輝いていた母親思いのアイヴァンが、なぜ悪事に手を染めることになったのか、貧困から抜けられない社会構造に対する強い怒りを作品から強く感じました。
明るい舞台セットや音楽とは対照的な展開で、冒頭の「You can get it if you really want.」という楽観的な歌詞から一転、アイヴァンが転落していく様子が描かれ、作品を通して、苦境に立たされた時にはたして暴力は正当化されるのか、と考えさせられました。
もとの映画はミュージカル映画ではなく音楽映画で、主演もしたジミー・クリフの音楽がBGMとして流れていましたが、舞台ミュージカルではバックコーラスではなく、演技の中で役者が自身の感情を吐露する形で歌うため、同じ筋書きであっても映画とは違った新鮮な感動がありました。
そのためplay with musicという印象はありませんでした。
映画のサントラではジミー・クリフのソロですが、舞台版ではアンサンブルも含めて複数人で歌うのでより華やかになったと感じました。
ミュージカルナンバーは以下の通り。
アイヴァンの母デイジーと妻エルサがやるせなさを歌う「Many Rivers to Cross」が印象的でした。
脚本はSusan-Lori Parksによるものですが、ほぼ原作映画と同じで、変更されていたのは牧師が養女エルサに対して思いを寄せていて求婚するというくだりくらい。
ネタバレになりますが、映画のラストでアイヴァンは映画でみた西部劇の主人公と自分をなぞらえて警察に立ち向かうのに対し、舞台版だとその描写はなかったので、その点では映画がうわてかなと思いました。
主人公のアイヴァンを演じたNatey Jonesはロンドンの舞台出演が多い様子。笑顔が印象的で憎めないキャラクター。
アイヴァンの母親を演じたJeannette Bayardelleは『Girl From the North Country』でトニー賞にノミネートされた方。今回も母親役。悲哀に満ちた歌声が忘れられません。
アイヴァンの友達のペドロ役のJacob Ming-Trentの陽気さは深刻な舞台の一種の清涼剤となっていました。