ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

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『Kimberly Akimbo』2022.12.1.19:00 @Booth Theatre

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『Kimberly Akimbo』とは

2021年オフブロードウェイのアトランティックシアターで初演され、2022年ブロードウェイで初演されたミュージカル。

2001年の同名のプレイをもとにしている。

2021年に上演されたオフブロードウェイ公演はドラマデスク賞で作品賞を受賞した。

作詞・作曲はジーニーン・テゾーリ、脚本はデヴィッド・リンゼイ=アベアー。

演出はジェシカ・ストーン。

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あらすじ

舞台は2000年代のニュージャージー

まもなく16歳の誕生日を迎えるキンバリーは早老症を患い、実際の見た目は4倍程の年齢。

キンバリーは転校先の新たな環境になかなか溶け込めない中、アナグラム好きの一風変わったセスと出会い、彼に恋をする。

キンバリーの母パティーは第二子を妊娠中で、手根管症候群や骨折などで手足を包帯だらけで、キンバリーらの助けを借りながら生活している。

父バディーはアルコール依存症で、思春期の娘の成長を戸惑いつつ見守っている。

そんな穏やかな親子3人の生活は、キンバリーの叔母(母パティーの妹)デブラの登場により一変し、家族の秘密が徐々に明かされていく。

デブラは「惨めな人生をより良くするなら」どんなこともするタイプで、これまでも数々の犯罪に手を染めてきた。

結局キンバリーの家に居座ることになったデブラは、地下室で郵便ポストから盗んだ封筒にある小切手を現金に変える詐欺の基地とする。

その犯罪にはキンバリーだけでなく、学校での出し物である『ドリーム・ガールズ』のための衣装代が欲しいキンバリーのクラスメイトも巻き込むことに。

早老症の平均寿命16歳を迎えたキンバリーの身体は徐々に病に蝕まれていた。

ある日倒れて救急搬送されたキンバリーは、体調が良くなり退院して家に帰ってみると、自分の部屋のベッドがなくなっており、その代わりにベビーベッドが置かれているのを発見する。

デブラの出現を快く思っていないバディーはパティーと揉めることが多くなり、ついにはデブラが第二子誕生の秘密を暴露してしまう。

キンバリーは切なさを感じつつ、かねてから夢見ていたフロリダ旅行に出かける決意を新たにする。

ティーが生まれてくる赤ちゃんのために撮影していたビデオカメラを手に、セスと旅するキンバリーはかけがえのない時間を生きている証を記録していく。

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キャスト

Kimberly    Victoria Clark

Seth    Justin Cooley

Delia    Olivia Elease Hardy

Martin    Fernell Hogan

Teresa    Nina White

Aaron    Michael Iskander

Buddy    Steven Boyer

Pattie    Alli Mauzey

Debra    Bonnie Milligan

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感想

『ファン・ホーム』などのジーニーン・テゾーリが音楽、『ラビット・ホール』などのデヴィッド・リンゼイ=アベアーが脚本を担い、オフブロードウェイ公演でドラマデスクを受賞し、満を持してオンブロードウェイにトランスファーした話題作、ということで、大変期待をして劇場に向かいましたが、本作はそれを裏切らない仕上がりとなっていました。

2022/2023シーズンで必見の新作ブロードウェイミュージカルに違いありませんが、その魅力を一口で語ることはなかなか難しいのです。

おそらくこの作品から受け取るメッセージは観る人それぞれで異なると思いますので、一つの考えとして読んでいただければ、と思います。

チケットは当日ラッシュで購入し、40ドル程度、オーケストラセンター前方でした。

この時はボックスオフィスが開くのと同時にラッシュを買ったのは私ひとりでしたが、この後、テレビでのパフォーマンスや各紙の批評で絶賛されたことで、年明けにはラッシュ待ちの長蛇の列ができているそうです。

以下はネタバレを多分に含みますのでご注意ください。

▼trailerです。


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一口で語り尽くせないというのは、この作品はコメディであり、ペーソスもあり、ミステリーもあり、、、と様々な要素が絡んでいるからで、観客は笑ったり泣いたりハラハラしたりと大忙しなのです。

でも、つまるところ、家族の物語だと思います。

親と、親より年齢が上に見える子ども、しかし親よりも子どもの方がしっかりしている、というアンバランスな親子関係が一つの面白みだと思います。

心身症気味の母親や飲酒してばかりの父親と、確かにちょっと頼りない両親に見えますが、彼らも彼らなりにキンバリーに気を遣っています。

それにも関わらず、キンバリーは密かに誰にも知られず傷ついているのです。

そんなキンバリーをみると客席から抱きしめてあげたくなります。

このように書くと、キンバリーの周囲の人々が悪者であるかのように思われてしまうかもしれませんが、そうではなく、両親をはじめ、強烈なオーラを放つ叔母やボーイフレンドなど、登場人物たちはチャーミングで悪気のない人々として描かれています。

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開演前の緞帳に映し出されているのは古いビデオカメラで撮影した風景の動画で、おそらくキンバリーの母親が劇中で生まれてくる第二子に向けて自撮りしているものだと思われます。

キンバリーの母パティーは両手を手根管症候群で、片足を骨折で包帯でぐるぐる巻きにしていて、もう自分は長くない、というような悲観的なことを口にしています。

通常、手根管症候群を両手同時に手術することは通常ないですし、この時点で普通じゃない感じが強いのですが、観終わった後に振り返ると、第二子誕生の秘密(後述します)について良心の呵責に苛まれていて、ストレスのために心身症になったのかなと想像されます。

母は両手を包帯でぐるぐる巻きにしているので、キンバリーにご飯を食べさせてもらっていたのですが、もしかすると第二子の誕生にまつわる出来事(後述します)について強い不満を持っている夫バディー(キンバリーの父)に、少しは自分のことも気にかけてもらいたいという願望があるのではないかとも思います。

キンバリーの父バディーは酒浸りですが、それもおそらくキンバリーの母と同じ理由なのでしょう。

バディーは世間のティーンエイジャーの父親と同じく、キンバリーのボーイフレンド、セスにやや厳しめに当たります。

キスはもうしたのか、などと問いただすバディーに対し、お父さん私もう閉経したから妊娠の心配ないよ、とあっさり答えるキムに、客席は爆笑していました。

セスはキンバリーのクラスメイトですが、他の子と違ってキンバリーを疎んじることなく、積極的に声をかけていきます。

ちょっと空気を読めない時もあるけれど、独特な観点で物事を見るセスに徐々に惹かれていくキムがとてもチャーミング。

セスはアナグラムが得意で、キムの本名Kimberly  LevacoからCleverly Akimboという組み合わせを考えだします。

叔母のデブラはこれまでも数々の罪を犯していますが、憎めないお調子者のレズビアンで、彼女の歌う「Better」はこの作品の中で指折りの盛り上がるナンバーです。

この中ではグリーンカードが欲しい外国人にお金をもらって結婚したり、認知症の女性に自分を彼女の娘だと思わせて宝石をもらったりといった犯罪を告白していますが、「チャンスが訪れたら逃さず掴め」「人生をより良くするのは自分次第」という強烈なメッセージに、客席は笑顔で大きな拍手を送ります。


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しかしながら、後に明かされる第二子出生の秘密に関わる事件の発端はデブラのこの発想にあったことが明らかになり、観客は複雑な気持ちになってしまうわけですが。

キンバリーのクラスメートの4人組は各々個性的で、基本的にアンサンブルでバックで歌うことが多いのですが、その合間にちゃんと芝居があって、それがいちいち面白いのです。

子どもたちの溜まり場となっているのがアイススケートリンクで、スケートを滑るシーンがあるのですが、どう見てもローラーのついていないスケート靴で滑っているように見えたんですよね。

Twitterのスペースで教えていただきましたが、ポリグライトという素材を使った地面であたかも氷の上を滑るように滑ることができているようです。

一見すると派手なセットはなくこじんまりとした舞台セットなのですが、一つ一つがよく作り込まれ、2000年代という記憶に新しい過去が上手に表現されているように感じられました。

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キムの病気は遺伝性で、彼女の両親がこの早老症の子を持つ確率は25%。

子どもと一緒にいたいと願った母はデブラの発案で、隣人と関係を持つことで、この病気を持つ可能性の低い第二子を宿した、という事実が明かされます。

それまでデブラの破天荒な“武勇伝”に笑っていた客席もこれには全く笑えません。

この辺りの常軌を逸した行動について、非常に複雑な気持ちになりました。

この作品ではタイトルロールのキンバリーの早老症が目立ちますが、実際には他の登場人物たちも何かを抱えています。

母は心身症様、父はアルコール依存症、叔母は犯罪癖…と、各々が何かを抱えながらも、かけがえのないこの瞬間を生きていく、ということがこの作品の持つ強いメッセージなのかなと感じました。

このように文字で書くとシリアスな家族ドラマを想像されるかもしれませんが、Jeanine Tesoriの音楽はwhimsicalで温かな気持ちになるものが多く、観ていて暗い気持ちにならないのが自分でも不思議でした。

キャストはいずれも素晴らしいですが、特に心に残っているのはデブラ役のボニー・ミリガン。

おそらく『Head Over Heels』の主演としてご存知の方が多いと思いますが、彼女の力強いベルティングは一聴の価値がありますし、大胆さや寛容さといった彼女自身の性格と役柄がぴったり合っていて素晴らしかったです。

主人公のキンバリーを演じるヴィクトリア・クラークは、『Light in the Piazza』の母役で知られますが、今回はティーンエイジャーを演じています。

しかし身につけるものは高校生らしいものですが、おそらく環境の影響によるものか、精神的にはやや早熟な印象を受け、その辺りの表現が見事でした。

2022年12月に、Twitterのスペースでミソッパさんやカッキーさんと一緒にこの作品について語ったので、もしよろしければどうぞ。