ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

舞台ミュージカルを中心とした、ミュージカル映画、演劇、オペラに関するブログ

『A Strange Loop』2022.11.30.14:00 @Lyceum Theatre

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『A Strange Loop』とは

2019年オフブロードウェイで初演され、2022年ブロードウェイで上演。

トニー賞で作品賞、脚本賞を受賞したほか、ピューリッツァー賞も受賞した。

Thought 1を演じるL Morgan Leeは、トランスジェンダーを公表する役者として初めてトニー賞(女優賞)にノミネートされた。

演出はスティーヴン・ブラケット。

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あらすじ

黒人でクィアで肥満体型の主人公は、ミュージカル作家志望で、ブロードウェイの『ライオンキング』のusher(劇場の案内係)として働いてギリギリの生活を送りながら、新作ミュージカル『A Strange Loop』の構想を練っている。

主人公のthought(考えや思考)たちは、主人公に対して批判的な発言をする。

両親が主人公に対して期待していることは、結婚をして子どもを持つこと、タイラー・ペリーの書くような筋書きのゴスペル・プレイを書くこと。

しかし、両親にクィアであることをカミングアウトすることはできず、心のうちにある白人の女の子(inner white girl)らしい考えを無視できず、黒人男性として期待されることのギャップに悩む。

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キャスト

Usher    Kyle Ramar Freeman

Thought 1    L Morgan Lee

Thought 2    James Jackson, Jr. 『White Girl in Danger』

Thought 3    John-Michael Lyles

Thought 4    John-Andrew Morrison

Thought 5    Jason Veasey

Thought 6    Antwayn Hopper

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感想

トニー賞最多ノミネートの話題作をついに観てきました。

事前に各紙のレビュー、フォローしている方々の感想、トニー賞のパフォーマンスを拝見していましたが、この作品の面白み、良さを理解することができず、最終的に脚本を読んでみました。

すると、2000〜2010年代頃のゲイカルチャーに関する事柄や人物のreferencesが作中に複数登場し、それらをわかっていた方が捉えやすいかもしれないということに気づきました。

例えば、Sean Codyというのはゲイポルノを扱う会社であることなど。

ミュージカルナンバーの「Exile in Gayville」は、主人公が好きな歌手リズ・フェア Liz Phairのアルバム「Exile in Guyville」をもじったものですし、そういったことを観客は知っているという前提でお話が進んでいきます。

これからご覧になる方はもちろん、既に観劇された方も脚本を読み直すことで新たな気づきを得られるかもしれません。

▼オフ・ブロードウェイ公演のtrailerです。


www.youtube.com

実際に観たのは水曜日のマチネでしたので、案の定、主人公はunderstudyの方でしたが、この方も熱演をみせてくれました。

チケットは前日にTKTSで購入しました。(オーケストラセンター前方、80ドル程度)

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基本的に、センターにいる主人公のusherを取り囲むようにして、Thoughtたちがいます。

このThoughtというのは主人公の考え・思考ということで、ある意味で主人公の分身のような存在で、時に主人公の記憶の中の両親になったり、恋人の幻想になったりします。

脚本を読んだ上で実際に観て思ったのは、外見で判断されて周囲から期待される人物像と、実際に自身の内部にある理想像との乖離から生まれる葛藤を描いた作品だということです。

両親はおそらく宗教の関係で同性愛を許容できない様子(冒頭では主人公の幻想の中で、『ライオン・キング』になぞらえて父はムファサ、母はサラビと呼ばれています。)で、結婚して孫を見せることこそ親孝行、みたいなことを言ってきます。

さらに、母は主人公にしつこく「タイラー・ペリーのような作品を書いて」と語りかけます。

タイラー・ペリーは監督や脚本、役者など、マルチに活躍している方ですが、彼の作品はアフリカ系アメリカ人の社会問題をありのままに描いたものが多く、アフリカ系アメリカ人に広く支持され、成功しているblackのクリエイターの1人。

主人公が書きたいミュージカルはそういうものではない、けれど、両親の期待に応えたい、という間で揺れ動きます。

社会の中では、まずblackのミュージカル作家というのが珍しい存在であるということ。

さらにクィアという社会的少数者である上に、gaytriarchyの中で最下層にいるということ。

gaytriarchyとは、クィアコミュニティの中で、白人ゲイを頂点として、トランスジェンダーレズビアンなど他のセクシャリティ、有色人種などを下層としてみる考えのこと。

LGBTQ+で連帯しているという認識を持っていたので、現代社会にこの考えが存在することに少なからずショックを受けました。

タイトルの『A Strange Loop』は主人公が取り組んでいるミュージカルのタイトルですが、「太ったクィアの黒人男性が書いている『A Strange Loop』というミュージカルの、太ったクィアの黒人男性の主人公が書いている『A Strange Loop』というミュージカルの、太ったクィアの黒人男性の主人公が・・・」と無限にループする様子を表していて、元々は心理学用語のようです。

このタイトル通り、この作品自体も多層的で、これは今現在の話なのか、主人公の幻想の中の出来事なのか、よく聞いていないとわからなくなってしまい、割と複雑な構成になっていると感じました。

作者のマイケル・R・ジャクソンの自伝的な作品だからこそ、現実的な問題が赤裸々に描かれています。(具体的な性描写もありました。)

アメリカ国内は感謝祭シーズンで、国内旅行客が多くおり、客席にはおそらくトニーで作品賞を取ったという理由でこの作品を選んだと思われる中高年の白人ヘテロカップルが目立ちましたが、彼らはどのような気持ちでこの作品を観ているのかしらとふと思いました。

『tick, tick... Boom!』で描かれているような、単なる若者の抱える創作の葛藤だけでなく、『A Strange Loop』では主人公の持つ属性、社会背景も織り込まれているので、今のニューヨークで観るからこそ作品の真意を理解できる部分もあるかと思いました。

内容的に、日本は当然ですが、海外で上演されることは考えづらく(ロンドンはありうるかもしれません)、ニューヨーク以外のアメリカ国内で上演される機会も今後ほとんどないと思われます。ツアーの予定もありません。

そのため、ブロードウェイ公演は2023年1月15日で閉幕する予定ですが、それまでに渡米される方は是が非でもご覧になった方が良いと思われます。

2023年3月にオフ・ブロードウェイで同じ作者マイケル・R・ジャクソンによる新作ミュージカル『White Girl In Danger』が上演予定です。

https://2st.com/shows/white-girl-in-danger