『Some Like It Hot』とは
映画『お熱いのがお好き(1959)』をもとにした舞台ミュージカル。
作曲はマーク・シャイマン、作詞はスコット・ウィットマンとマーク・シャイマン。
脚本はマシュー・ロペスとアンバー・ラフィン。
演出・振付はケイシー・ニコロウ。
あらすじ
サックス奏者のジョーとコントラバス奏者のジェリーは職を探しているが、求人があるのは女性による楽団のみ。
そんな折、思いがけず殺人現場に立ち会ってしまい、彼らは追われる身となる。
そこで、女性に変装し、それぞれジョセフィンとダフネと名乗り、求人のあった女性による楽団に入団することになる。
そこで彼らは楽団の歌手シュガーに出会い、友人になるが、(ジョセフィンに化けた)ジョーはシュガーに恋する。
一方、(ダフネに化けた)ジェリーは億万長者のオズグッドに見染められ、言い寄られる。
キャスト
Joe/Josephine Christian Borle
Jerry/Daphne J. Harrison Ghee
Sugar Adrianna Hicks
Osgood Kevin Del Aguila
Sweet Sue NaTasha Yvette Williams
Mulligan Adam Heller
Spats Mark Lotito
感想
『お熱いのがお好き』を舞台ミュージカルにすると聞いた時、まず思ったのは「なぜわざわざ今この作品をブロードウェイに持っていくのか?」ということでした。
それはこの映画には「シスジェンダーの男性が女装をして客の笑いをとる」というトランスジェンダー差別を助長する筋書きがあるからです。
(*この件について、詳しくはNetflixオリジナル映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』をご覧ください。)
この「時代錯誤」な筋書きはこの作品を特徴づけている、変え難い部分で、どう頑張っても削除や変更ができないように思えたのです。
しかも、同じ原作で70年代に1度舞台ミュージカル化されている(『シュガー』)のに。
特に2020/2021年のシーズンから、ブロードウェイではトランスジェンダー差別反対運動がより活発になっており、この作品を上演することは火に油を注ぐことになりかねないのではないかと少し心配していました。
(*このあたりについて、詳しくはChristian Lewisさんの以下の記事をご参照ください。
https://www.americantheatre.org/2021/12/09/gender-and-sexuality-on-broadway-you-oughta-know-better/)
ただ、今回のプロダクションのクリエイティブをみると、まず『ヘアスプレー』などを手がけたマーク・シャイマンの音楽に、『ブック・オブ・モルモン』や『プロム』などを手がけたケイシー・ニコロウという組み合わせだけで、間違いなく期待できるミュージカルコメディになると容易に予想できました。
さらに、クリスチャン・ボールが出演するなら、ミュージカル好きとして観ないという選択肢はなかったのです。
(これは私の想像ですが、おそらくマーク・シャイマンがテレビドラマ『Smash!』の劇中に登場するマリリン・モンローの伝記ミュージカル『Bombshell』を手がける際に、マリリン・モンローの出演作を見直しているうちに今回の舞台化をひらめいたのではないかと思うんですよね。)
事前に読んだのは、ニューヨークタイムズのこちらの記事。
この記事では、この作品のクリエイティブ陣やジェリー/ダフネを演じるジェイ・ハリソン・ジー、『ストレンジ・ループ』でトニー賞にトランスジェンダーの役者として初めてノミネートされたエル・モーガン・リー、その他にハーヴィー・ファイアスタインなどが、舞台でドラァグで演じることやこの作品について話しています。
このような記事を出すということは、製作側もこの問題に関して強く意識しており、何らかの工夫をしているものと思われました。
ジェリー/ダフネを演じるジェイ・ハリソン・ジーはノンバイナリーの役者ですし、脚本を担当した『The Inheritance』のマシュー・ロペスといい、LGBTQ+ supportiveな(圧倒的に"G"が多いですが)布陣ということで、不安な気持ちは消えなかったものの最終的に劇場に向かうことにしました。
▼作品のtrailerです
実際に観て
予想通り、王道のミュージカルコメディ。
少々やりすぎではないか、と思わずこぼしてしまうほどのダンス・シークエンスの嵐、そしてドタバタ劇。
序盤の「You Can't Have Me(If You Don't Have Him)」のジョーとジェリーのダンスの掛け合いは、まさに『雨に唄えば』のジーン・ケリーとドナルド・オコナーあたりを思い起こさせるものでした。
この他にも随所にMGM黄金期のミュージカル映画へのオマージュを感じさせるシーンがありました。
例えば、シュガーとジョーが星空を背景に踊るシーンは『踊るニュウ・ヨーク(1940)』Broadway Melody of 1940 のエレノア・パウエルとフレッド・アステアをモチーフにしていることが明らかでした。
シャイマン×ニコロウ×ボールは、ミュージカルコメディにとって最強な布陣だなと再認識しました。
そして、問題の箇所について。
クリスチャン・ボール演じるジョーは明らかにシスジェンダー男性でストレートとして描かれていました。
なので、ジョーがジョセフィンに化けて登場した時は、少し笑いは起きていたかなと思います。
一方、ジェイ・ハリソン・ジーが演じるジェリーは、おそらく序盤はシスジェンダーと自認しているものの、女装をしたことで思いがけずそれがしっくりきて、自身の中にあるジェンダーアイデンティティーなどが揺らぐ、という役柄に変更されていました。
このジェリーの内的な変化を表したナンバーが「You Coulda Knocked Me Over With a Feather」というジェリーのソロです。
では最終的にジェリーのpronounsは何なのか、というと、終盤でジョーが「これからはジェリー、それともダフネ、どちらで呼べばいい?」と具体的に尋ねるセリフがあります。
それに対して「ジェリーとダフネ、どちらでもある」と、ジェンダー・フルイディティーを示唆する返答をして幕を閉じています。
もちろん完全な形ではないですが、これは内容的に時代錯誤の部分を持つ往年の作品を現在に甦らせる際のひとつの解法なのではないかと思いました。
少なくとも私は、上記の問題を無視して製作された『Tootsie』や『Mrs. Doubtfire』よりも、よっぽど良い印象を本作に対して持ちました。
上にも書きましたが、ジェイ・ハリソン・ジー自身はノンバイナリーの役者であり、今回は大きな作品の主演ということでトニー賞に絡む可能性があるわけですが、その場合はどの部門にノミネートされるのでしょうか。
現在は役者のジェンダーによって部門が決まりますが、ノンバイナリーでは女優、男優いずれにも当てはまりません。
この件についてはこれまでも議論されてきましたが、トニー賞自体が変化する必要があると思います。
また、映画版では衝動的な流れだったダフネとオズグッドの結婚については、丁寧に、もう少し段階を踏んで、最後は「笑い」ではなくむしろ感動的で拍手が巻き起こるような筋書きに変更されており、とても良かったです。
もう一点、この作品で言っておきたいのは、カラーブラインドキャスティング。
特に、ヒロインのシュガーは映画で演じたマリリン・モンローがアイコニックすぎますが、本作で演じたエイドリアナ・ヒックスはマリリンを模倣することなく、彼女なりのシュガーを演じていました。
彼女は『Six』の妻の1人としてOBCで出演していましたが、あの時のイメージとは全く違ったので、同一人物とは思えなかったほど。でも歌唱力はそのままでしたね。
これからご覧になられる方に申し上げたいのは、座席はオーケストラ、もしくはメザニン前方にしていただきたいということ。
メザニン後方やバルコニーだと舞台の上方が見えない場合があります。
特に1幕は上方にビッグバンドが出るので、それが見えないと結構悲しいです。
lotteryで当たっても、座席の位置を確認してから買うようにしましょう。
確認できない場合は、TKTSにだいたい出ているので、そちらで買った方が断然良いです。