『Appropriate』とは
2014年にオフ・ブロードウェイで初演され、2023年ブロードウェイで初演されたプレイ。
Branden Jacobs-Jenkins作。
2014年にオビー賞作品賞を受賞した。
演出はLila Neugebauer。
あらすじ
舞台は2011年、アーカンソー州にある、昔、プランテーションを営んでいた邸宅。
蝉がさんざめく鳴く中、歴史を重ねた建物は時折、奇妙な音を立てて軋む。
家主が亡くなり、その子どもたちである長女のToni、長男のBoが家族で遺品整理のため訪れている。
そこに、長年疎遠だった次男のFrank(現在はFranzと名乗る)が年下の恋人Riverとともに現れる。
遺品の中から、ある古いアルバムが見つかる。
その中には虐殺された黒人の写真が入れられていた。
その他にも、人間の耳など身体の一部と思われる塊が入った標本も見つかる。
亡くなった父親は名門大学を卒業した教養のある人物で、地元の名士として知られており、Toniは父がレイシストの一面があったことを信じられない。
それに対し、Boは大学時代のルームメイトが黒人だと分かった時、父に「用心しろ」と言われたことを思い出す。
また、Boの妻Rachaelは、かつて義父に「ユダヤ人の妻」と呼ばれたことを告白し、義父は息子の妻がユダヤ人であることを嫌っていたと話す。
大人たちの議論が階下で白熱していくうちに、Boの子どもAinsleyが無邪気に遊びながら、KKKを思わせる白い布をかぶって2階から下りてくる。
Boの娘CassidyはかつてToniの息子Rhysと親しかったが、最近は疎遠で寂しがっている様子。
Rhysはクローゼットのゲイだが、思いがけずFranzにバレてしまう。
そのうちに、そのアルバムは高値で売れるかもしれないとToniやBoは考えるが、Franzが湖に捨てたことを知り激昂する。
RiverはFranzの子どもを孕っていることをToniに明かすが、その後、RiverはFranzがかつて子どもに性加害をした事実を知ってしまう。
混沌とした中、古くなった邸宅は徐々に朽ち果てていく。
キャスト
Antoinette 'Toni' Lafayette Sara Paulson
Franz Lafayette Michael Espher
River Rayner Elle Fanning
Rhys Thurston Graham Campbell
Rachael Kramer-Lafayette Natalie Gold
Ainsley Kramer-Lafayette Everett Sobers
Bo Lafayette Corey Stoll
Cassidy Kramer-Lafayette Alyssa Emily Marvin
感想
サラ・ポールソンが10年ぶりにブロードウェイに戻ってくるということで、キャスト目的で選んだ演目でしたが、あまりに衝撃的な展開で1幕が終わった後、しばらく呆然としてしまいました。
舞台は2011年と最近なのですが、故人の遺品整理から南北戦争で敗れたディキシー達の心の中に潜む憎悪を浮き彫りにする傑作でした。
▼キャストやスタッフへのインタビュー
開演前、緞帳にはタイトルである「approrpiate」の英英辞典での記載が掲載されていました。
▼開演前の緞帳
appropriateと聞くと、最初に形容詞の「適切な」を思い浮かべる方が多いと思うのですが、この単語には他にも、形容詞で「所有している」、動詞で「割り当てる」「私有化する」「着服する」「盗む」といった意味もあり、このタイトルをどの意味で捉えるかは観客に委ねられることになります。
あらすじに書いた通り、久しぶりに再会した兄弟が父の過去に対峙する物語ですが、キャストは全員が白人です。この時点で、color blind castingが進んでいる最近のブロードウェイの舞台を観ていると違和感を覚えるわけですが。
一方、脚本家のJacobs-Jenkinsは黒人です。これまでは、『Purlie Victorious』や『Fat Ham』、『A Strange Loop』のように、「黒人の作家による舞台作品では、黒人の主人公が黒人の物語を語る」というものが多かったのですが、この作品では「黒人の作家による舞台作品ではあるものの、白人にレイシズムなどを語らせる」という形になっています。有色人種は1人も出てきませんし、例のアルバムの写真が具体的に表示されることもなく、あくまで台詞で観客に想像させるにとどまります。この手法は新鮮に感じましたし、白人の多いブロードウェイの客層にどのように響いたのか、とても気になりました。
1幕の最後、子どもがKKK風の白装束を被って下りてきた時はゾッとしました。周りもどよめいていましたし。
舞台は元農園主の邸宅で、2階建構造、階段や家具などの装飾品も細部まで事細かに作り込まれていました。
印象的なのが蝉の鳴き声。日本人には馴染み深い生き物ですが、アメリカ人にはあまり知られていないので、冒頭の台詞の中でで蝉の説明がありました。この蝉の鳴き声は後半の展開に活きてきます。子どもたちが口論し、邸宅に誰もいなくなり徐々に荒廃していっても、変わらずに蝉が鳴き続けることで、余計に人の世の無常さが強調されているようでした。
この蝉の音とともに、いわゆるラップ現象がそこかしこでみられ、建物が古いからなのか、それとも父の幽霊か、それとも虐待された人々の報われない魂か…とも思え、ホラーの要素も多分に含んでいたので、ホラーが苦手な身としては怖すぎた部分もありました。
サラ・ポールソンは、晩年まで父を看病していた長女Toni役で、父のことを最後まで信じたい気持ちを熱弁していました。
彼女と対立する長男の妻Rachael役のNatalie Goldは、ユダヤ人で差別を受けた側として重要な役回りで、夫の実家を理解しようと努力していたけれど義父から愛されなかった苦しさを見事に演じていました。
今回ブロードウェイ・デビューを果たしたエル・ファニングは、ヴィーガンで超自然的なことを信じてしまうような感じの女性を演じていて、彼女によく合っていました。
Black Lives Matterという意味だけでなく、反ユダヤ主義への抗議という意味でも重要な作品だと思いました。
▼カーテンコール
終演後、ステージドアでサラ・ポールソンと一緒に写真を撮ってもらえたのは一生の思い出になりました。
▼ステージドアにて