『Prima Facie』とは
弁護士でもあるSuzie Millerによるプレイ。一幕構成。
2019年オーストラリアでプレミア公演され、2022年にウエストエンドで初演され、2023年ブロードウェイにトランスファーした。
ウエストエンド公演から引き続き、ブロードウェイでもジョディ・カマーが主演した。
オリヴィエ賞では5部門ノミネートされ、2部門(作品、主演女優)で受賞した。
トニー賞では4部門でノミネートされ、主演女優賞を受賞した。
演出はJustin Martin。
あらすじ
若い弁護士であるテッサは性的暴行の被害者として裁判の場にいる。
苦労してロースクールに通い、憧れていた仕事に就いたテッサは、日頃から肉体関係にあった同僚に、ある晩、望まぬ形で性的関係を強要される。
屈辱を感じたテッサは冷静さを失い、シャワーを浴びて肝心の証拠を消してしまう。
テッサは相手を同意のない性交渉を強要したと訴えたが…。
キャスト
Tessa Jodie Comer
感想
事前にNational Theatre at Homeで、ロンドンでの公演を映像収録したものを観て圧倒されたので、絶対にブロードウェイでも観ようと心に決めていて、3月に渡米した時、千秋楽の公演のチケットを購入しましたが、その後、公演が延長されたので千秋楽ではなくなりました。
4/11にプレビュー開始予定のジョディ・カマー主演のプレイ『Prima Facie』が上演されるJohn Golden Theatreの西側にある看板。拡大すると何人もの人の顔写真の集合体だとわかり、このプレイで描かれる主人公の性被害者はたくさんいるうちの1人one of usにすぎないことが強調されているように感じた。 pic.twitter.com/1Qg8JTrdua
— るん / Lune (@nyny1121) 2023年3月22日
劇場の近くにある巨大な看板には、作品のファンたちの顔写真で作られたモザイクアートが掲示されていました。
今回はオーケストラセンター前方で観劇しましたが、おそらく私と同じように、ドラマ「キリング・イヴ」で彼女のファンになった方たちが客席にはたくさんいたように(憶測ですが、私の"ゲイレーダー"は)感じました。(ジョディ・カマーは「キリング・イヴ」で猟奇的で美しい殺人鬼を演じていますので、一度は観ることを強くお勧めします。)
▼trailer
▼観劇後の感想
4本目『Prima Facie』性的暴行に遭った弁護士が独白する形式のプレイ。舞台を縦横無尽に使って演じるジョディ・カマーは身体的にも精神的にも相当なエネルギーを消耗しているはず。オリヴィエとトニー両方受賞も納得の圧巻の演技。天井にも少し演出があるので、どちらかというとオケ席の方が良いかも。 pic.twitter.com/vLdyOjPebv
— るん / Lune (@nyny1121) 2023年6月18日
▼緞帳には剣と天秤を持つ正義の女神のネオンサインが掲げられている。
上に書いた通り、ジョディ・カマーはアスリート並みの運動量で演技し続けましたが、それをこなしながらたった1人で多役を演じ分ける繊細さ、レイプされる様子を演じるなど精神的な過酷さも伴っていて見事でした。
今回観劇して改めて難しいと感じたのは、相手の男性はテッサにとってボーイフレンドとまでは言えないけれど、セックスフレンドかそれ以上の好意を寄せていた人物で、これまでも性的関係にあったということ。
昨日まで暗黙の了解でセックスしていた相手であっても、今日も同じとは限らず、当たり前ではありますが親しい仲であってもその都度、同意を取る必要があることを改めて認識しました。
飲酒して酩酊状態で、トイレで嘔吐して弱っていたテッサを、無理やりベッドに移動させて犯した相手の男性の行いは言語道断なのですが、レトロスペクティブに第三者が見た時に、密室での出来事を評価することは難しく、さらに元々性的関係を持っていたとなると尚更理解しづらいのが現状です。
これによって多くの女性が泣き寝入りする事態になっていることは非常に由々しきことです。
法律の専門家であるテッサであってもこのような結末になってしまったのですから、そうでない女性たちはより一層、裁判に希望を見出せないことは明白です。
観客の1人としてテッサと一緒に彼女の身に降りかかった出来事を追体験しましたが、彼女の選択をとても理解できましたし、ただただ悔しい気持ち、絶望感とともに観終わりました。
▼ブロードウェイトランスファーが決まり、インタビューに答えるジョディ・カマー
演出や舞台装置などはウエストエンドとほぼ変わっていないと思いました。
天井まで届く本棚で囲まれた舞台、天井の晴れの日の空、テッサの心境を表すような土砂降りの雨など、そのままでした。
舞台上は本棚に囲まれ、いくつものデスクが並び、テッサの法律事務所の一画なのか。
テッサはデスクに乗ったり、下りたり、踊ったり…
音響は立体的で、ショーに緩急をつけるのに役立っていました。
この物語を複数人で演じるのではなく、1人の女性が独白する形で語られることがとても重要なことで、闇に葬られた多くの犠牲者たちの代弁者としてジョディは舞台に立っている、と感じさせる瞬間が何度もありました。
劇場で配布されるPlaybillには挟まれたポスターにはアメリカでの性的暴力の実態について、以下のように書かれていました。
98秒ごとに、アメリカ国内にいる誰かが性的暴力を受けている。昨年(2022年)の報告ではアメリカでは735000件のレイプ被害があったと予想されている。全てのレイプ被害のうち19%しか報告されていない。つまり、昨年1年間でアメリカでは380万人を優に超えるの女性がレイプ被害に遭っていることになる。およそ2人に1人の女性は、生涯で親密な関係にあるパートナーから、レイプ、性的暴力またはストーカー被害に遭っている。14〜25歳の年齢に限ると、97%の女性が性的暴力に遭っている。10件に8件のレイプ被害で、被害者は加害者を知っていた。トランスジェンダーの女性、障害者の女性、BIPOCの女性は2倍の確率で被害に遭いやすい。およそ5%のレイプ被害しか、警察によって犯人が逮捕されない。全ての性的暴力のうち97.5%の加害者は、最終的に無罪放免となる。約70人の女性がアメリカでは毎日、性的暴力を受けたことを苦にして自殺している。
具体例は敢えて挙げませんが、性暴力と無縁でないブロードウェイ界隈において、この作品がトニー賞演劇作品賞にノミネートされなかったことは非常に残念なことでした。
ジョディ・カマーはこの過酷なソロ・ショーを徹底した体調管理で全うしたわけですが、アンダースタディが出演した回は無料公演とされました。
それにも関わらず、この公演はリクープを達成しました。
ブロードウェイ公演がツアー公演なしでリクープすることは稀なことです。
出演者1人ということもありますが、この作品への関心の高さがうかがえる結果となりました。