ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

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『Lempicka』2024.5.18.19:00 @Longacre Theatre

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『Lempicka』とは

ポーランドの画家タマラ・ド・レンピッカの半生を描いたミュージカル。
2018年ウィリアムズタウンでプレミア上演され、2022年サンディエゴ公演を経て、2024年ブロードウェイで初演された。

作曲はMatt Gould、作詞はCarson Kreitzer、脚本はGouldとKreitzerによる共作。

演出はRachel Chavkin。

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あらすじ

ロシア帝国に支配されていたポーランドで暮らしていたタマラ・ド・レンピッカは弁護士の夫と娘と暮らしていたが、ロシア革命が起き、夫がロシアの秘密警察に逮捕されてしまう。

タマラは夫を救うために、ロシア将校と一夜をともにすることと引き換えに夫を解放してもらい、その後、家族を連れ立ってパリに移り住む。

パリで絵を描き始めたレンピッカは、絵のモデルを務める娼婦ラファエラに惹かれ、関係を持つようになる。

夫と愛人の2人に同時に惹かれたタマラは、いずれの関係も失いたくないと考えるようになる。

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キャスト

Tamara de Lempicka    Eden Espinosa 『The Gardens of Anuncia』

Tadeusz Lempicki    Andrew Samonsky 『South Pacific』

Rafaela    Amber Iman

Marinetti    George Abud 『The Band’s Visit』

Kizette    Zoe Glick

Raul Kuffner de Diószegh (The Baron)    Nathaniel Stampley 『A Man of No Importance』

Cara Carolina Kuffner de Diószegh (The Baroness)    Beth Leavel 『The Prom』

Suzy Solidor    Natalie Joy Johnson

感想

『Lempicka』は2024年5月19日に閉幕してしまいましたが、閉幕直前に駆け込み、なんとか観ることができました。当然TKTSには出ておらず、ボックスオフィスで買う時、残席4くらいだったので、少し買うのが遅ければ観られなかったかもしれません。観られてとても幸運でした。

タマラ・ド・レンピッカという名前はご存知なくても、彼女の描いた絵を見たことがある方は多いのではないでしょうか。

この作品は画家としてのキャリアというよりも、特にバイセクシャリティに焦点を当てながら、彼女の半生を描いているミュージカルです。

▼footage


www.youtube.com

▼開演前

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物語は晩年をアメリカで迎えたレンピッカが登場するところから始まり、そこからロシア革命の頃に遡り、彼女の半生が描かれていきます。

bisexual invisibilityという言葉があるように、バイセクシャルの方は一般社会からもLGBTQ+コミュニティからも敬遠されることがあり、そういう意味でもバイセクシャリティを扱った重要な作品だと思いましたが、私はどうしてもこの画家に感情移入することができませんでした。その理由について書きたいと思います。

まず、この作品を通してバイセクシャルについて勘違いしてしまう方がいてはいけないなと思ったのは、バイセクシャルとは男女両性に対して性的関心を持つ人のことであって、バイセクシャルだからといって同時に男女それぞれに恋人を持つということではない、ということです。同時に複数人を恋人として持つのはポリアモリーと呼ぶので、バイセクシャルとポリアモリーを混同されてはいけないなと思いました。ポリアモリーが良くないということではなく、ポリアモリーであればポリアモリー同士、あるいは同意の取れた関係性で交際すればいいと思うのですが、今回の場合、夫と愛人は最終的にはタマラとの関係性に耐えられず、そのことで傷ついたということ。同意が取れていないのなら、ただの不倫だしなぁ、と思い、彼女に同情はできませんでした。

また、タマラが夫に画廊で誰かと密会しているかと尋ねられた時、「あなただって他に女性と会っているでしょう?だったら私が誰かと会って何が問題なの?(大意)」と返答するシーンがあるのですが、この時、会場では歓声と拍手が湧き起こるんですね。今よりも、男性の不倫は容認されても妻の不貞には厳しかった時代で、タマラは先進的な感覚を持った女性だったと表したかったのだろうと思いますし、「女性の権利も尊重されるべき」という意味での拍手だったと思われますが、これも私は「いやいやダブル不倫を開き直られても…」と思ってしまいました。この彼女の発言の後、夫は怒ることもなく「それでこそ俺の妻だ(大意)」という歌「New Woman」を歌いハグするのですが、このあたりはもはや私の理解を超えている世界でしたね。その後、夫が最終的にタマラと別れて不倫相手の1人と結婚したいと訴え始めると、タマラは激怒し、そこでロシア革命時、逮捕された夫の解放と引き換えに自分の身体を売ったことを初めて夫に打ち明け、「私は愛するあなたのためにここまでしたのに、あなたはこんな仕打ちをするの?(大意)」と発言するのも共感できず。

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ということで、私の心が主人公の言動についていくことはできませんでしたが、ミュージカル作品としては見応えがあったので、ここからは良かったポイントについて書きたいと思います。

なんといっても1番の魅力はタマラを演じるEden Espinosaのパフォーマンス。上述のことと矛盾しているようですが、一般からは理解されづらく、自身の中に葛藤を抱えている主人公をEdenは見事に演じていました。彼女は『Rent』ブロードウェイ公演のclosing castのMaureenで、その後『Wicked』のElphabaを演じるなど、Idina Menzelの系譜を継いでいる役者さんで、今回もその力強いベルティングを存分に披露し、客席を圧倒していました。個人的には彼女にトニーで主演女優賞を獲ってほしいと願っています。

▼「Unseen」


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幕が開くまでのカウントダウンのように緞帳前にある1/4の円弧に照明が灯ったり、鉄筋で組んだ巨大なセットがあったりと、お金がかかっていそうな舞台装置の数々。(大赤字だったのだろうな…)

Matt Gouldによる音楽はロックが中心で、最初、設定された時代に合わないと感じてしまったけれど、タマラの画風といい生き方といい、先駆的な感じを表したかったのかなと想像した。振り付けも同様。最初はややロボット的な動きと感じたけれど、徐々に慣れました。

タマラはメゾで、彼女の愛人となるラファエラはアルトだったので、この2人のカップルは落ち着いた大人の雰囲気が出ていてとても良かったです。夫と娘がいるという事実を忘れてみれば、とてもお似合いのカップルでした。

気になったのは「Our Time」というミュージカルナンバー。この楽曲は最初の方で、ロシア側が「俺らの時代だ」と宣言するように歌うのですが、ロシアといえばタマラにとっては憎き敵なので、この時点で敵国ソングとして私は認識したのです。そうしたら、大団円でこのナンバーがリプライズされて、今度はタマラたちが「これからは私たちの時代よ」と歌う形になっていて、敵国ソングと認識していた私は複雑な気持ちになりました。盛り上がる楽曲に仕上がっているのがまたつらかったです。

▼休憩中

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リーディングから数えると10年以上の長きにわたってじっくりと練られてきた作品が、ブロードウェイでは1ヶ月余りで閉幕してしまったのはあまりにあっけなく思えます。closing nightで演出のRachel Chavkinが「批評家たちは私たちが作り上げてきたものを見ようとしなかった。女性同士の恋愛には見向きもしなかった。大体そういう批評家は白人のゲイ」と恨み節を言っていましたが、自分のような者も苦手だなと感じてしまったので白人ゲイだけが嫌っているわけではないと思いました。クィアの恋愛という前に、不倫であり相手を傷つけている時点で、多くの共感は得られにくい作品でしたが、WLWを描いてくれたのは嬉しかったし、これからも様々なセクシャリティが舞台上で表現されていくことを私は強く願っています。

驚くべきことに、この日観た3つの舞台作品、全てで主役にWLWがいました。少し前まではブロードウェイの作品の登場人物はゲイばかりだったことを思うと、時代は確実に変わってきていると実感しました。

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