ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

舞台ミュージカルを中心とした、ミュージカル映画、演劇、オペラに関するブログ

『Hell’s Kitchen』2024.5.25.19:00 @Sam S. Shubert Theatre

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『Hell's Kitchen』とは

2023年にオフ・ブロードウェイで初演され、2024年ブロードウェイで初演された、アリシア・キーズの楽曲を使ったジュークボックス・ミュージカル。

マンハッタンのヘルズ・キッチンで育ったアリシア・キーズ自身の半生をモチーフにしているが、事実と異なる部分もある。

作詞・作曲はアリシア・キーズ。彼女の既存曲が使われている他、この作品のために新たに書き下ろされた楽曲もある。

脚本はKristoffer Diaz。振付はCamille A. Brown。編曲にはTom Kittらが関わっている。

演出はMichael Greif。

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あらすじ

舞台は1990年代のニューヨーク、マンハッタン。

ヘルズ・キッチンで暮らす17歳の高校生アリは、母のジャージーとともに生活している。

楽家である父デイヴィスはアリやジャージーと一緒に暮らしておらず、仕事が忙しく、アリとの約束をすっぽかしてばかり。

女手一つで子育てするジャージーは、大都会で生きる娘の身を案じ、厳しくしつけている。

そんな中、アリは建築現場で仕事をする年上のレイに恋をする。

また、同じアパートで偶然に出会ったピアノ教師Miss Liza Janeにレッスンを受け、音楽の才能が開花していく。

様々な出会いや別れ、母親への反発を繰り返しながら、アリは成長していく。

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キャスト

Ali    Maleah Joi Moon

Jersey    Shoshana Bean

Davis    Brandon Victor Dixon

Miss Liza Jane    Kecia Lewis

Knuck    Chris Lee

Jessica    Jackie Leon

Tiny    Vanessa Ferguson

Crystal    Rema Webb

Millie    Nyseli Vega

'Riq    Lamont Walker Ⅱ

Q    Jakeim Hart

Ray    Chad Carstarphen

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感想

去年2023年オフ・ブロードウェイのPublic Theaterで観て大変感動して、ブロードウェイにトランスファーしたら絶対にまた観ると心に決めていた『Hell's Kitchen』。トニー賞にも『Stereophonic』と並んで最多13部門でノミネートされ、さらに期待が高まったところでブロードウェイ公演を観に行きました。ブロードウェイでも人気で、TKTSにチケットが出ない日もあったため、結局ボックスオフィスで購入しました。

▼trailer


www.youtube.com

今でもこのtrailerを見るだけで私は泣いてしまいます。

▼オフ・ブロードウェイ公演の感想はこちらのページに書きました。

nyny1121.hatenadiary.com

オフ・ブロードウェイからの変更点は、背景のプロジェクションが一部追加されたことと、Miss Liza Janeが「Perfect Way To Die」を歌う時に舞台が回るようになったことと、「Girl on Fire」で炎が出るようになったこと。キャストはアンサンブルで一部変更がありましたが、その他は続投していました。

舞台セットもほぼ同じで、両サイドに鉄筋の3階建ての構造があり、背景はプロジェクション、センターには最小限の家具が置かれていました。Knuckの仕事場はオフと同じく移動式の鉄筋でできた階段のあるセット。

既存曲以外にミュージカルのために書き下ろされた3曲「The River」「Seventeen」「Kaleidoscope」3曲です。

「The River」は母親の保護から逃れ、早く自立したいと願うAliの思いが歌われます。

The River

The River

  • Maleah Joi Moon & Hell’s Kitchen Cast
  • サウンドトラック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

Seventeen」では思春期の娘を持つ母親の戸惑いが歌われます。

Seventeen

Seventeen

「Kaleidoscope」はMiss Liza Janeにピアノを習うようになったAliの感動を表すナンバー。

とはいえ、私が事前に知っていたアリシア・キーズの音楽は「No One」と「Empire State of Mind」のみだったので、新曲と既存曲の区別をあまり意識せずに作品を観ていました。既存曲も作品を通して観ると、普段聴いているイメージとは異なり、新鮮に聴くことができました。

今回もやはり役者のパフォーマンスのレベルの高さに圧倒され通しでした。新星Maleahの歌唱はこの日も冴えわたっていましたし、若手のアンサンブルがCamille A. Brown振り付けのエネルギッシュなダンスを披露していましたし、とにかく…全てが素晴らしかったです。(語彙力を失うほどに)

音響の違いなのか、オーケストラの位置の違いなのかわかりませんが、オフの時よりも音圧が強くて、大袈裟でなくオーケストラ席の地面が重低音で揺れるほどでした。

AliとKnuckの会話で面白いのが、Knuckはトラブルに巻き込まれたくないからAliを遠ざけるわけですが、それでもAliが迫ってくるので「可愛い子が話しかけてくると仕事に集中できねぇんだよ(怒)」と言い、それに対してAliが「それって…私のこと、可愛いって思ったってこと?(照)」と返し、マズいことを言ったと気づいたKnuckが渋々それを認めるという流れ。これには観客みんながニヤニヤしてしまったはずです。

また、Aliといつもつるんでいる2人の友人の歌唱も力強くて、そのうちの1人の2つのお団子ヘアのJessica役は「Girl on Fire」でメインのソロがあり、とても記憶に残っています。


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Aliの暮らすアーティスト向けのアパートメントで出会うMiss Liza Jane。Keicia Lewisが演じています。彼女は残された少ない時間の中でAliに自分の知っている全てのことを教えようとします。母と対立する中で、彼女の存在はAliにとってもう一つのホームであり、救いだったと思います。アルトもしくはそれよりも低い声域で、彼女によって歌われる「Perfect Way to Die」は1幕最後を飾るナンバーですが、今回は舞台近くで観たので、彼女が涙をぽろぽろこぼしながら歌っている様子を目の当たりにして、強いカタルシスを覚えました。

Aliの父を演じるBrandon Victor Dixon。以前、ブロードウェイのスターが集うコンサートで彼が来日していたのを観たことがあるのですが、出演者で唯一、彼だけが即席で覚えたとは思えないスムーズな日本語で挨拶していて驚きました。この作品では仕事で各地を飛び回っているミュージシャンの父親を演じています。仕事のためとはいえ、育児を母親に押し付けてばかりで自由人の父親ですが、完全な悪者として描かれているわけではなく、Brandonが演じるとどうしても憎めないというか、そういう魅力を持った人物として描かれています。ピアノも弾ける上にこんなメロウな歌声で歌われたら惹かれるのも無理はないと思ってしまいましたが、Jerseyは彼に迫られても、はっきりNo!と拒絶していて流石だと思いました。

▼Brandon Victor DixonとMaleah Joi Moonnによる「If I Ain't Got You」


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そして、Aliの母を演じるのがShoshana Bean。娘に幸せになってほしいという強い気持ちから厳しく叱り、衝突してばかりですが、誰よりも彼女を愛している姿は感動的です。彼女も持ち曲が多いですが、元夫に娘の気持ちを傷つけるならもう近寄らないで、と忠告する「Pawn It All」はこれでもかと演歌並みの小節をきかせて歌い上げていて圧巻でした。終盤、かけがえのない娘への愛を歌う「No One」は作中で最もエモーショナルになる場面。これまで「No One」は恋人への想いを歌った曲として聴いてきましたが、母から娘への想いと解釈すると、新たな色合いを帯びて響きました。

▼Shoshana BeanとMaleah Joi Moonによる「No One」


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