ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

舞台ミュージカルを中心とした、ミュージカル映画、演劇、オペラに関するブログ

『Here Lies Love』2023.6.20.20:00 @Broadway Theatre

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『Here Lies Love』とは

2013年オフ・ブロードウェイのPublic Theaterで初演、2023年ブロードウェイで初演された、フィリピン元大統領夫人のイメルダ・マルコスの半生についてのミュージカル。

デヴィッド・バーンファットボーイ・スリムが共作し、2010年に発表した同名のアルバムを舞台ミュージカル化したもの。

オフ・ブロードウェイ公演はルシル・ローテル賞を5部門受賞した。

演出はアレックス・ティンバース。

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あらすじ

イメルダの約40年にわたる半生が綴られる。

フィリピンのレイテで育った彼女はミスコンで優勝するほどの美貌を持っていた。

マニラで販売員として働いていた時、"ニノイ"ベニグノ・アキノに恋するが、ニノイが彼女を振り、彼らの交際は束の間に終わる。

その後、フェルディナンド・マルコスに出会ったイメルダは、たった11日間の交際で彼と結婚する。

イメルダの支えもあり、フェルディナンドはフィリピン大統領に選出されるが、彼の不倫が発覚し、イメルダは密かに心を痛める。

同じ頃、かつてイメルダが愛したニノイは、フェルディナンドが貧困問題を無視してイメルダのために芸術センターを建設するなど不適切に国費を使っているなど、政府を非難していた。

フェルディナンドに反政府活動を行う人物として敵視されたニノイは7年間投獄されるが、イメルダは刑期中に心臓発作を起こした彼を、心臓のバイパス手術を受けさせる名目でアメリカに逃し、2度と帰国しないように忠告する。

それから約10年後、アメリカからフィリピンに帰還したニノイは到着した空港で暗殺される。

フェルディナンドによる独裁政権に対する国民の抗議の声は高まり、エドゥサ革命が勃発し、米国海軍のヘリコプターでイメルダは家族とともにハワイに亡命するところで物語の幕は下りる。

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キャスト

Imelda    Arielle Jacobs

Marcos    Jose Llana

Aquino    Conrad Ricamora

Estella    Melody Butiu

Dovie    Julia Abueva

Aurora    Reanne Acasio

NY Doctor    Nathan Angelo

Cory    Kristina Doucette

Aquino's Son    Timothy Matthew Flores

Maria Luisa    Jasmine Forsberg

TV Reporter    Sarah Kay

Press Attaché    Jeigh Madjus

DJ    Moses Villarama

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感想

この10年ほどの間で広まったimmersive theater(観客がその世界に没入して楽しめる演劇)ですが、ニューヨークではその多くがオフブロードウェイのものでした。

今回は、ブロードウェイの劇場を大規模に改造してimmersive空間を作り出すということで楽しみにしていました。

しかも、フィリピンが舞台で、全ての役がフィリピン系の役者によって演じられる初めてのブロードウェイミュージカルということでも話題を集めていました。

ミュージシャンからの抗議

開幕前には録音済みの音源のみで行われる予定でしたが、全米音楽家連盟とBroadway Leaguesとの契約で「ブロードウェイでは1プロダクションあたり19人の音楽家を雇う」と決められていたため、音楽家側から抗議があり、プレビュー開始直前に物議を醸していました。

Broadway Musicians Object to David Byrne’s ‘Here Lies Love’ - The New York Times

製作側はディスコ音楽がこの作品の特徴であることを訴えましたが、最終的にギタリスト、ベーシスト、パーカッショニストなど、12人の音楽家を雇うことで合意に至りました。(ただし、そのうち3人は劇中で楽器演奏する役者を含む。)

ミュージシャンの権利を守ることが重要なのは言うまでもないのですが、その一方で録音済みの音楽で構成されることの多いディスコ・ミュージックは舞台劇の音楽から除外されてしまうのかと少し疑問が残りました。

音楽ジャンルの多様性もブロードウェイ・ミュージカルの魅力の一つなので、この点については今後議論されるべきなのではないかと思いました。

▼trailer


www.youtube.com

Broadway Theatreのオーケストラ席の座席が全て取り除かれ、1階はダンスフロアになり、まさにディスコに化した劇場内で移動式の舞台に合わせて観客も移動して作品の一部となり、immersive theaterを体験することができます。

現在ではブロードウェイの劇場になっているStudio 54ですが、劇場になる前はナイトクラブで、今回改装されたBroadway Theatreの内装はそれに似ているそうです。

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上の写真では、①floor、②floorside seats、③front mezzanine、④rear mezzanineと大きく4つに客席が区分けされていますが、今回お世話になったのは③front mezzanineの真下に位置する⑤VIP seatsという座席でした。

これから観劇予定の方のために、各座席の特徴を書いておきます。

①floor    1階のダンスフロアで終始立ち見で観劇します。入場の際に貴重品以外のバッグなどは預ける必要があります。混雑具合はやや混んだ電車内程度。舞台の高さは約100cm以上なので見上げる形となり、背の高さはあまり問題にならないと思います。舞台は移動式で、橙色のジャンプスーツを着たスタッフの誘導に従って、随時流れるプールのように移動するので、その時々で観やすい位置に移動可能です。

②floorside seats    舞台のサイド上方から見下ろす形で、1階のダンスフロアに降りることはなく、終始座って観劇します。事前の販売ではこの区分の売れ行きが最もよかったです。

③④mezzanine    2階席から座って観劇するオーソドックスなスタイル。ずっと立っているのが心配な方におすすめです。確かにダンスフロアからはやや離れてしまいますが、キャストはメザニン前方でパフォーマンスすることもありますし、全員で踊る場面でも置いてけぼりにされることはないので安心してください。

⑤VIP seats    front mezzanineの真下に作られた座席で、舞台と同じ高さにあります。VIP seats専用のバーがあり、列に並ばずに利用できるという利点があるようです(私は願掛け中で飲めませんでした泣)。注意すべきなのは、この席では前半は座って観劇しますが、舞台の中盤1/2〜2/3あたりでダンスフロアに移動するよう促されることです。荷物は少なめにして、靴も履き慣れたもので行った方が良さそうです。

個人的なおすすめは①です。これまでもオン・ブロードウェイの劇場がこんなにオープンなダンスフロアになったことはないですし、これからもないことだと思うので、間違いなく貴重な経験になると思います。せっかくだしと思い⑤を選びましたが、そこまで奮発する必要性はなかったというのが私の感想です。結果的に少し早めに入場できたことと、座席とダンスフロアの両方から観劇できたことはよかったです。

ホワイエに、この作品の背景となったフィリピンの歴史について書かれた掲示があります。Playbillは退場時に配布されるので、観劇前にこの掲示を読んでおいた方が作品をより深く鑑賞できると思いました。

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▼観劇後の感想

会場に一歩入った瞬間から、ブロードウェイの舞台を観にきたとは思えないクラブ感に満ち溢れていました。

パネルが四方に張り巡らされ、毎秒変化する音楽と連動した鮮やかな照明や映像が異空間を彩っていました。

DJもいて、そこはまさにディスコ。

▼開演前の座席からの見え方

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▼開演前の様子。プレビュー期間中だったためか、デヴィッド・バーン自身が会場内にいた。手前右の方にいらっしゃるのがバーン先生。
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心地よい音楽とともに揺れながら、会場を縦横無尽に使ったステージングに圧倒され、あっという間に観終わりました。

ドラマとしては前半は素朴な少女の恋、大統領との成り上がり物語、それとは対照的な後半の混迷が見どころ。

ステージは元々備え付けられている前方だけでなく、オーケストラ席後方にもあり、中央のテーブル状の舞台は移動式になっていました。そのため、前方の舞台を集中して観ていると別の方向から新たな場面が始まるなど、役者は神出鬼没でどの方向を観るべきか迷うことがしばしばありました。(それが楽しい!)

フェルディナンドが観客の1人を母として紹介する様子をビデオ撮影してリアルタイムでスクリーンに映す演出があったり、何度か観客も参加するダンスシーン(即興ではなく、とてもシンプルな振付を指導される)があったりと、観客参加型。

ヘリコプターのプロペラ音が移動していくのと同時に風が巻き起こり、当時のフィリピン国民のひとりとして時代を目撃したような気持ちになりました。

この作品の魅力の一つはデヴィッド・バーンによるキャッチーな音楽だと思いますが、私が1番好きなのは11日交際で電撃婚したとイメルダが歌うナンバー。

▼個人的に1番好きな曲

Eleven Days (feat. Ruthie Ann Miles)

Eleven Days (feat. Ruthie Ann Miles)

  • provided courtesy of iTunes

この作品はイメルダを美化したり賛美していたりしているわけではないと思います。かといって、極悪非道の悪の枢軸としても描いていません。どちらにも当てはまりません。

そのため、観終わった後で「イメルダ、素敵!」とはとても言えませんでしたし、「イメルダ、なんていう悪女!」とも思いませんでした。

国民からひどく嫌われていたけれど激動の時代に翻弄された人なのだなということと、近くて遠い異国フィリピンの近代史を垣間見られて勉強になったというのが、ドラマに関する率直な感想です。

ミュージカルファンとしては同じ大統領夫人を主人公として描いているため、どうしても『エビータ』を想起してしまうところですが、音楽の雰囲気が全く違いますし、作品制作時に存命の人物であるという点でも異なります。

オフブロードウェイで初演された2013年では、ニノイの息子であるベニグノ・アキノ3世がフィリピン大統領を務めており、イメルダ自身も帰国して下院議員を務めるなど、現在に続くお話として観られるのも興味深いです。

キャストは、オフ・ブロードウェイ公演からの持ち上がりでフェルディナンドがJose Ilana 、ニノイがConrad Ricamora。

Ruthie Ann Milesが演じていたイメルダはArielle Jacobsが可憐に演じていました。(彼女は『Aladdin』のOBCのAdam Jacobsの妹さん)

2023年7月半ばから期間限定でリア・サロンガが出演しています。彼女の役がソロで歌うナンバーは少なく、1曲くらいだったと記憶しています。

ブロードウェイでここまでのimmersive theater experienceができる機会は稀少なので、ご都合が合えばぜひダンスフロアで観ることをお勧めしたいです。