ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

舞台ミュージカルを中心とした、ミュージカル映画、演劇、オペラに関するブログ

『Shucked』2023.3.16.20:00 @Nederlander Theatre

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『Shucked』とは

2022年にソルトレイクシティでプレミア公演され、2023年にブロードウェイで初演されたミュージカル。

脚本はRobert Horn。

作詞・作曲はカントリー音楽の分野で活躍するシンガー・ソングライターであるBrandy ClarkとShane McAnallyによる。

演出はJack O'Brien。

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あらすじ

舞台はトウモロコシの生産で有名な、中西部にある架空の田舎町、Cob County。

ボウと結婚間近のメイジーは、トウモロコシが枯れてしまい不作で窮地に陥った町を救うために、1人で旅に出る。

向かったのはフロリダ州タンパ。

そこで出会った自称podiatrist(足専門の医者)のゴーディという詐欺師の話に乗せられ、メイジーは町のトウモロコシ産業の未来を彼に託すことにしてしまう。

彼らの作戦は、メイジーのいとこルルや婚約者のボウとその兄ピーナッツら、街全体を巻き込むことになる。

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キャスト

Maizy    Caroline Innerbichler

Lulu    Alex Newell

Gordy    John Behlmann

Peanut    Kevin Cahoon

Beau    Andrew Durand

Storyteller 1    Ashley D. Kelly

Storyteller 2    Grey Henson

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感想

この春話題になった、新作オリジナルミュージカルということで必ず観たいと思っていました。

元々は1969年から断続的に放送されてきたテレビシリーズ「Hee Haw」をもとにしたミュージカルをつくるプロジェクトでしたが、数十年の制作期間を経て、アメリカの片田舎が舞台という以外、ほぼ共通項を持たない作品となっています。

どんな作品か気になっていたところ、公式が最初に出した動画がこちら。


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これだけ観ても朧げにつかみがわかるだけで、全く舞台の全容を想像できませんでした。

この2人がStoryteller、狂言回しのような役割を果たします。

2人の狂言回しが登場する舞台作品をほぼ知らないのですが、彼らは夫婦漫才のようで楽しかったです。

チケットはTKTSで買う予定だったのですが、午前中の段階では売り出されないと知らされたので、結局当日ボックスオフィスで定価で購入しました。220+αドル。

入場前にはこのような缶バッチをもらいました。

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しばらく前から感じていたことですが、このプロダクションは相当広告に力を入れていて、地下鉄、タクシー、道端など様々な場所でこのアートワークを目にしました。

TKTSのあたりでトウモロコシの着ぐるみを着た人がビラを配っていた時は、内心「滑っていない?大丈夫?」と思っていたのですが、結果的に見事なプライミング効果を生み出し、それが興行的成功に寄与した部分は少なからずありそうです。

▼観劇直後の感想

せっかくだからと勢い込んで、オーケストラ席センター3列目にしましたが、2階建になっている木組みの巨大な舞台セットの全容を俯瞰できるメザニンでも良かったなと後から思いました。

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上手側にトウモロコシ(重要)があります。

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下手側。
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中西部ののどかなトウモロコシ畑の広がる町にカントリー音楽が合っていましたし、さらに木組みの舞台セットをはじめ、舞台装置や小道具も農場に置いてありそうな素朴なものでした。

最近の舞台にありがちな映像や電飾に頼らず、樽やリアカーなどを使ったダンスシーンなど、ステージングの工夫があり、古典的だと感じられて私はかなり好きでした。

客席ではほぼ毎秒笑いが起きていました。

個人的な経験と比較すると『Book of Mormon』で起きる以上の頻度で爆笑が起きていました。

どんなジョークかというと正直くだらないのですが、なんか笑っちゃう、という類のもの、例えるならシットコムにありそうなものです。

例えば

A「メイジーっていい名前だね」

B「ありがとう。生まれた日にもらったの」

ごく一例ですし、こう書いても面白さは伝わらないのですが、だからこそ劇場でぜひ体感してほしいなと思います。

あとは、トウモロコシ cornにまつわるネタも多く登場します。

例えば、メイジーが似非podiatristのゴーディーを頼ったのも、「corn(=うおのめ) doctor」を「トウモロコシの医者」と勘違いしたため、など。

脚本を手掛けたのは、ミュージカル『13』や『Tootsie』を手掛けたRobert Hornで、彼は初期のキャリアでテレビドラマ「Designing Women」の脚本を手掛けたことで、本作でみられるコメディセンスが培われたようです。

『Tootsie』の脚本家と知った時、少し思ったことがあります。『Tootsie』は「シスジェンダーの男性が女装して笑いをとる」という点でトランスジェンダー当事者から批判をされました。さらに、トニーで脚本賞を受賞したことがそれに追い打ちをかけました。Alexは後述する通り、素晴らしいパフォーマンスを披露していますが、AlexをキャスティングしたことはHorn氏にとって免罪符なのではないかと感じてしまいました。あくまで私の憶測です。

事前に抱いていた想像では、トウモロコシはあくまで何かの表象で、根深い文化的/民族的葛藤が描かれるのではないか…と色々深く考えすぎてしまっていたので、実際に観たらあまりにシンプルで拍子抜けしてしまった部分は正直ありました。

メイジーを演じるCaroline Innerbichlerは、最近だと『Frozen』のツアーキャストでアナ役を演じた方。本作がブロードウェイデビュー。

彼女とボウを演じるAndrew Durandのカップルは本当にキュートでした。

▼Caroline Innerbichlerが歌う「Woman of the World」


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脇を固めているのがいい意味で一癖ある個性的な役者さんたち。

ピーナッツのKevin Kahoonは『The Lion King』のOBCで息の長い役者さんですし、ストーリーテラーのGrey Hensonは『Mean Girls』でダミアンを演じトニーにノミネートされたことが記憶に新しいかと思います。

メイジーのいとこで、彼女のよき友、理解者であるルルを演じたAlex Newellは「Independently Owned」を圧巻の歌唱力で歌いあげ、1分弱のショーストップが起きていました。

基本的に笑いの絶えない舞台ですが、唯一かな、ルルとメイジーのデュエット「Friends」では、うるっときてしまいました。

▼音楽を手掛けたBrandy ClarkとShane McAnallyが歌う「Friends」は実際の舞台ではメイジーとルルが歌う。


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カントリー音楽を使ったミュージカルといえば、他に『Bright Star』や『Big River』などがあるかと思いますが、アメリカ文化に根差した音楽ジャンルであるカントリー・ミュージックはミュージカルと非常に相性が良いなと、この作品を通して改めて認識しました。

カントリー音楽を聞くと、日本人なのになぜか郷愁のようなものを感じて、しみじみとしてしまいます。なぜでしょう。

私の好みもあると思いますが、珍しく全てのミュージカルナンバーが好きでした。

タイトルにあるshuckedですが、shuckは動詞で「(トウモロコシの)皮をむく」という意味があります。

一皮剥けばpodiatristも詐欺師、とか、一皮剥けて一件落着、とか、観る人によって様々な解釈はできそうです。