ミュージカルは終わらない Musicals won't be over.

舞台ミュージカルを中心とした、ミュージカル映画、演劇、オペラに関するブログ

『ファンタスティックス』2022.9.17.17:00@ウッディシアター中目黒

『ファンタスティックス』とは

1960年オフブロードウェイ初演のミュージカル。

脚本・作詞はトム・ジョーンズ、作曲はハーヴィー・シュミット。

今回は日本で初めて上演されたボーイ・ミーツ・ボーイ版はトム・ジョーンズ自らが改訂し、2022年6月にミシガン州フリントで初演されたもの。

今回の演出は勝田安彦。

あらすじ

隣の家に住むルイスとマットは恋をしていたが、母親同士は犬猿の仲で、2つの家は高い壁で隔てられていた。

しかし、実のところ母親同士は大の仲良しで、息子たちを親しくさせるため、彼らには敢えて仲が良くないと思わせていた。

母親たちは、さすらいの人エルガヨに頼んで、2人の距離が縮まるように演出を凝らした❝芝居❞を打つよう頼むが、それによって2人の関係に変化が生まれる。

キャスト

エルガヨ   柳瀬大輔

マット   北野秀気

ルイス   大根田岳

ミルドレッド(マットの母)   杉村理加

ベッシー(ルイスの母)   宮内理恵

ヘンリー   川端槇二

モーティマー   鹿志村篤臣

ミュート   齋藤かなこ

感想

大昔にオフブロードウェイで観て以来の『ファンタスティックス』、しかも今回は息子と娘の物語でなく、作者自らが手直しした息子と息子を描くボーイ・ミーツ・ボーイ版ということで、脚本や従来女声による歌唱だった歌がどのように変わるのかなど、気になりながらおそるおそる行ってきました。

私が気付いた限り、変更点は以下のツイートの通り。

息子と娘が息子と息子になった点、父親同士が母親同士になった点。

息子はマットはそのままだけれど、ルイザがルイスに名前が変わり、男性になっていて、基本的にはシス男性ですが、やや気持ち、ルイスの言葉遣いが女性的(ホゲる)かなと思う面はありました。

母親同士のジェンダーは明らかに描き分けていて、マットの母が山高帽にオーバーオールで葉巻をふかすという出で立ちで、言葉遣いも男性的だったのに対し、ルイスの母は麦わら帽子にワンピースで柔らかい女性的な話し方をしていました。

外見のみでジェンダーを判断するのは危ういですが、ルイスは母はシス女性としても、マットの母はボーイッシュなシス女性あるいはノンバイナリーともとれる描き方でした。(もしノンバイナリーなのであれば母親という表現は不適切になってしまうわけですが。)

これは、フリントでの公演の舞台写真をみても同様の描き分けをしていたので、脚本に指示があると思われますが、オリジナルプロダクションの父親同士は明らかにシス男性だったので、このように母親同士を描き分けた理由は何だろうと考えてしまいました。(こういう答えのない疑問についてあれこれ考えあぐねるのがミュージカルオタクにとっての幸せな時間だったりしますね。)

あと、付け加えるとしたらミュートが女性の役者によって演じられた点が挙げられるけれど、これまでのプロダクションでも女性が演じたケースもあるので、これは新しい変更点はないと思われます。

ただし、今回のミュートは髪をアップにしてシルクハットの中にまとめ、スーツ(燕尾服?)を着ていたので、基本的にはこの役が象徴する中性的な印象を観客に与えていましたが、二幕の冒頭にシルクハットを取り、まとめていた長い髪をほどいて踊ったのは印象的でした。それも束の間のことで、すぐに元の姿に戻ってお話が始まるわけですが。

脚本が変わったようなことをどこかで読んだ気がしたので、とても気になっていたのですが、上記以外の具体的な変更点は私にはわからず、オリジナルを尊重した(ほぼそのままの)ボーイ・ミーツ・ボーイ版ファンタスティックスという印象を受けました。

つまり、queernessに対する母親たちの戸惑いや混乱が全くなく、当の息子たちも「同性愛だから母たちに知られてはいけない」という意識ではなく、「母たちは仲が悪いから自分たちの仲を認めてくれないから密かに会おう」という認識で行動しているのです。

この作品には具体的な時代設定はありませんし、あくまで寓話なので、queernessに対する差別意識や抵抗感が全くない時代の話なのかもしれません。

しかし、もしそうなのだとしたら、正直に言って、ボーイ・ミーツ・ボーイと敢えてした意義とは何なのでしょうか。

率直な感想として、単に息子同士に変更しただけで、ボーイ・ミーツ・ボーイ版としての特別な面白みを私は見出すことができませんでした。

ルイスとマットの関係性だけでなく、ルイスとエルガヨの関係性もまた同性愛的ですが、そこに特別なmagicは感じられず、ルイスが意図せずエルガヨに傾いてしまう必然性が感じられませんでした。

オリジナルでは女声のために書かれルイスの歌う曲はワンオクターヴ下げて歌われていましたが、やはりソプラノのために書かれた曲だなぁという感想を持ちました。

特にそう感じてしまったのは、「Metaphor」の「Ah, ah, ah...」と叫ぶところ、また、「Round and Round」でのスキャットというか「Ah, ah...」と歌うところ。

それ以外はデュエットも含めて美しかったです。

役者たち、特に主演2人以外はキャリアも長く素晴らしいパフォーマンスを披露しており、小さな空間でそれを堪能することができ満たされました。

終焉後、9月の湿った空気の中、心の中で「Try to Remember」を歌いながら帰路につきました。