『1776』とは
1969年ブロードウェイ初演のミュージカル。
作詞・作曲はシャーマン・エドワーズ。脚本はピーター・ストーン。
今回のプロダクションは2021年のAmerican Repertory Theaterからブロードウェイにトランスファーしたリバイバル公演で、通例ではシスジェンダーの白人男性が演じる役がほとんどのところを、カラーブラインドキャスティングで、女性あるいはノンバイナリーの役者が演じるという特徴があった。
演出はダイアン・パウルスとジェフリー・L・ペイジ。
ジェフリー・L・ペイジは振付も担当。
あらすじ
1776年5月のこと、ジョン・アダムスはアメリカの独立を進めようと躍起になっていたが、議会は彼の主張になかなか耳を貸そうとしない。
暑いにも関わらず、蝿が入るのを防ぐため窓を開けることができず、参加者たちは苛立つばかり。
アダムスは自他ともに認める鼻つまみ者だったため、ベンジャミン・フランクリンの助言を聞き入れ、より支持を得ているリチャード・ヘンリー・リーに決議案を提出するように依頼する。
その後、リーは決議案を提出し、それにジョンは加勢する。
イギリスとの関係悪化を懸念する反対派のジョン・ディキンスンらとの議論は加熱し、最終的に独立宣言の議会案可決には全会一致が必須であるとディキンスンは申し入れることに。
アダムスは独立宣言書の作成のために3週間の猶予を要求し、その間に反対派を説得することを決意する。
独立宣言書の草案を書く候補に挙がったのがトーマス・ジェファーソンだったが、彼は部屋にこもってヴァイオリンを弾いてばかり。
そこで愛妻家のジェファーソンのために、アダムスは密かに彼の妻マーサを呼び寄せ、ジェファーソンはすっかり元気になる。
果たして独立宣言の議会案は可決されるのか。
キャスト
John Adams, Massachusetts Kristollyn Lloyd
Robert Livingston, New York Gisela Adisa
George Read, Delaware Nancy Anderson
Col. Thomas McKean, Delaware Becca Ayers
Andrew McNair, Congressional Custodian Tiffani Barbour
John Dickinson, Pennsylvania Carolee Carmello
Abigail Adams/Rev. Jonathan Witherspoon, New Jersey Allyson Kaye Daniel 『Hercules』
Thomas Jefferson, Virginia Elizabeth A. Davis
Charles Thomson, Secretary Shelby Acosta
Stephen Hopkins, Rhode Island Joanna Glushak
Richard Henry Lee, Virginia Grace Stockdale
Martha Jefferson/Dr. Lyman Hall, Georgia Eryn LeCroy
John Hancock, President of the Congress Liz Mikel
Benjamin Franklin, Pennsylvania Patrena Murray
Joseph Hewes, North Carolina Oneika Phillips
Samuel Chase, Maryland Lulu Picart
Edward Rutledge, South Carolina Mehry Eslaminia
Judge James Wilson, Pennsylvania Sushma Saha
Roger Sherman, Connecticut Rose Van Dyne
Courier Salome B. Smith
Dr. Josiah Bartlett, New Hampshire Sav Souza
Caesar Rodney, Delaware Jill Vallery
感想
この作品についてはコロナ禍前からブロードウェイでの上演が決まっていながらコロナ禍により長らく延期されていましたので、ようやく観られるということで喜び勇んで劇場に向かいました。
今回のプロダクションの特徴は上記の通り。
このカラーブラインドキャスティングについては、『ハミルトン』で実際には白人の役にも関わらず有色人種によって演じられるものに近い印象があります。
(実際に『ハミルトン』の「The Adams Administration」というナンバーの中で、「Sit down, John, you fat motherf****r」という『1776』のreferenceが登場します。)
オープニングシーンで、役者たちは登場する時には靴を履いておらず(確か裸足だったような)、舞台上に置かれている靴下と靴を履いて演技に入る、という形になっていました。
彼らは当時であれば国政に携わることは決してなかった女性やノンバイナリー、有色人種たちであり、「これは史実ではなく、あくまでお芝居ですよ」と冒頭で明示するためなのではないかと感じました。
事前に読んでいた各紙の批評はどちらかと酷評ばかりだったので心配していたのですが、これが個人的には非常に楽しく拝見しました。
私が観た時には主要どころがほぼリプレイスメントかスタンバイの方で、例えばジョン・アダムズも元々のCrylstal-Lucas Perryが既に『Ain't No Mo』という別のブロードウェイのプレイに出演するために降板していたので、続投の方でしたが、これが期待を裏切らない素晴らしいものでした。
ちょっとした時の人、Sara Porkalobの歌う「Molasses To Rum」を観られなかったのは少し残念。
Saraの件についてはみなさんご存知だと思うのですが、例のVultureの記事、下に載せておきますね。
https://www.vulture.com/2022/10/1776-star-sara-porkalob-interview-molasses-to-rum.html
特に「ミュージカルに出る時には75%の力を出す」というクダリに関して、方々から「やるなら100%でやれ」とツッコまれていましたが…
Saraが演じるラトリッジが三角貿易について歌う「Molasses To Rum」(糖蜜からラム酒)はこの作品の中で一番意義深い歌だと思います。
ラトリッジはサウスカロライナの代表で、独立宣言には反対派ですが、この歌は賛成派(北部)の盲点を突く、皮肉たっぷりの痛烈なナンバーとなっています。
このナンバーの中でラトリッジは奴隷売買の現場を演じて見せ、通例だと議会の場で机上に立ち真似ますが、今回は歌うラトリッジの周りで実際に複数の役者が奴隷を演じており、映画で観た時のイメージとはまた違っていました。
また、これまでは1幕の終わりのナンバーが「Momma Look Sharp」でしたが、今回はこれまで1幕中盤に歌われていた「He Plays the Violin」で1幕が閉じられます。
この「He Plays the Violin」はヴァイオリンを弾くジェファーソンについて妻マーサが歌うナンバーです。
あらすじに書いた通り、ジェファーソンは愛妻家であり、このナンバーも文字通りの意味ではなく、彼との夜の営みについての妻の感想として私は受け取りました。
そのため、息も荒く歌い上げていたように思います。
反対派の代表のようなディキンソンを演じていたのがずっと観たいと思っていたCarolee Carmelo。
以前のプロダクションでアビゲイル役を演じたこともある彼女の歌声を拝めただけでも、この作品を観に来て良かったと思えました。
正直、女性とノンバイナリーの役者でこの作品を捉えることができるのか不安でしたが、1人1人のキャラが立っていて、演者を混同することなく観ることができたのは意外でした。
そして問題のラストシーンですが、良かったね、独立宣言書にみんなでサインしましょうね、という感じで終わるのかと思ったら、そうではなかったですね。
今思い返しても鳥肌が立ちます。
サインする人物の名前が読み上げられながら、アダムズたちはじっと客席を凝視する中、背景がゆっくりと上がっていくと、そこには天井まで届くのではないかと思われるほどの酒樽の山が。
先ほどの「Molasses To Rum」に関連しますが、独立宣言はなされたけれど、賛成派も大好きなラム酒は奴隷貿易なしには考えられないという矛盾をついているのだと思います。
オリジナルプロダクションにこのシーンがあったのかは定かではありませんが、映画版には少なくともありませんでした。
個人的には今回の遠征で1、2を争うほど好きだったのですが、このような内容でしたので、観て複雑な気持ちになる白人の観客はいるだろうなとなんとなく想像はできました。