『イン・ザ・ハイツ(2021)』とは
2005年初演の舞台ミュージカルを映画化したもの。
作詞・作曲は、舞台版で主演も務めたリン=マニュエル・ミランダ。
舞台版との大きな違いは、移民問題を盛り込んだ点だが、それ以外も細々とした違いがある。
Afro-Latinoが主要登場人物として出演していないことを批判され、カラリズムが問題となり、製作サイドは謝罪をした。
監督はジョン・M・チュウ。
あらすじ
ニューヨーク、マンハッタンの北端の街「ワシントン・ハイツ」。
そこは、道端に置かれたラジカセ、アパートの窓、カーラジオからいつも音楽が流れている、賑やかな移民の街。
そこで育った、食料雑貨店(ボデガ)を営むウスナビ、ウスナビの親友でタクシー会社で働くベニー、スタンフォード大学に進学した街の期待の星ニーナ、デザイナーを夢見るバネッサ。
幼なじみの4人は、仕事や進学、恋につまずきながらも、それぞれの夢に向かって踏み出そうとしていた。
ワシントン・ハイツの住人たちは生活は苦しくても、遠く祖国を想い、たくましく懸命に生きてきた
しかし、都市開発で物価は上昇、家賃も高騰し、彼らには住む場所を追われる危機が訪れていた。
ニーナの父のタクシー会社は事務所の半分を売却、人気の美容室は1週間後に移転することになる、街の景色は変わり始めていた。
さまざまな困難を乗り越えてきた彼らは、今回も立ち上がるが。
そして、真夏の夜に突然起こった大停電。
街の住人たち、そしてウスナビたちの運命が大きく動き出す。
キャスト
ウスナビ アンソニー・ラモス
バネッサ メリッサ・モラレス
ニーナ レスリー・グレイス
ベニー コーリー・ホーキンズ
アブエラ オルガ・メレディス
ケヴィン(ニーナの父) ジミー・スミッツ
ソニー グレゴリー・ディアス4世
ダニエラ ダフネ・ルービン=ヴェガ
カーラ ステファニー・ベアトリス
クカ ダーシャ・ポランコ
グラフィティ・ピート ノア・カターラ
ピラグエロ リン=マニュエル・ミランダ
アレハンドロ マテオ・ゴメス
パイク パトリック・ペイジ
ミスター・ソフティ クリストファー・ジャクソン
感想
この作品については映画館で5回ほど鑑賞しました。
何度観ても観るたびに新たな発見があり、完全にハマってしまいました。
コミュニティーの絆を大切にしながら、ルーツとなる祖国への思いを胸に、スエニート‘小さな夢’を追い求める人々のお話です。
友情や恋愛、親子愛、隣人愛、郷土愛などが描かれています。
▼trailerです
冒頭の長尺のタイトルナンバーでは、ウスナビが狂言回しのように振る舞い、登場人物が次々と紹介されながら、それぞれの関係性が浮き彫りになり、最終的には大勢のダンサーたちによる圧巻の群舞で締められます。
これには終始鳥肌立ちまくりでした。
公式が冒頭を8分間も公開するってなかなかないと思うのですが、それだけ自信があるということなのでしょう。
▼冒頭8分間
ウスナビは憧れているバネッサになかなかアプローチできず、うぶな感じでとても可愛らしいです。
ウスナビを演じたアンソニー・ラモスは、本作の作者リン=マニュエル・ミランダ(LMM)と共演していることが多くて、LMMにとっては弟分のような存在なのかもしれません。
最近だとミュージカル『ハミルトン』でLMM演じるタイトルロールの息子役を演じていました。
バネッサ役のメリッサ・モラレスはこれだけの大作映画への出演はおそらく初めてなのではないかと思いますが、NYUで演技を学んでいて、順当にキャリアを積んで掴んだ大役という感じ。
いく先々で男たちに声をかけられモテるバネッサという役どころですが、美人さんであるというだけでなく、歌もダンスも素晴らしく、まさに適役でした。
彼女はフランク・ワイルドホーンのミュージカル『カルメン』の映画化で主演が決まっているので、今後の活躍にも注目していきたいと思います。
ニーナは映画初出演となるレスリー・グレイスが演じていますが、彼女の歌、演技もまた素晴らしかったです。
ベニー役のコリー・ホーキンズはこの作品まで知らなかったのですが、大作ドラマにも多く出演している様子。
ミュージカルへの出演は見当たらなかったのですが、そうとは思えないほど歌がお上手でした。
私は残念ながらブロードウェイでは観ていないので、舞台との比較はできませんが、上にも書いた通り、トランプ政権を経ての映画化ということで、移民問題に触れている点が大きな相違点となっています。
舞台版だともっとワシントン・ハイツの日常の一コマを描いたような感じで、今回の映画化では時事も盛り込んで良い意味でアップデートされた感じがあるようです。
この作品のナンバーについては一曲一曲語り出すと時間がいくらあっても足りなくなるので、個人的に好きなシーンについてだけ書いておこうと思います。
一番鳥肌が立ったのは「When the Sun Goes Down」で重力に抗ってニーナとベニーが踊るシーン。
この時、ジョージワシントン橋のある背景が西なので、画面向かって右が北、左が南ということになり、このシーンでは北から南に向かって重力が働いていることになります。
このことは2人のもう1つのデュエット「When You're Home」と関連していると思うんです。
「When You're Home」でニーナは次のように歌っています。
I used to think we lived at the top of the world
When the world was just a subway map
(省略)
I used to think the Bronx was a place in the sky
When the world was just a subway map
(省略)
Can you remind me of what it was like
At the top of the world?
ここでニーナが歌っているのは、地下鉄の地図の北が空で南が地面と考える、子どもらしい発想ですが、ベニーに「それ(子ども時代、ひいては以前の私たち)がどんなだったか思い出させてくれない?」と言っています。
「When the Sun Goes Down」では北から南に重力が働いていて、ニーナの子どもらしい発想を実現した形になっています。
NinaとBennyが重力に抗って踊る「When the Sun Goes Down」
— るん / Lune (@nyny1121) 2021年8月24日
ジョージワシントン橋のある背景が西なので、画面向かって右がBronxのある北、左が南で、ダンスシーンでは北から南に向かってgが働いていることになる。これは「When You’re Home」でのNinaの歌詞に関係があるんじゃないかと勝手に推察した。 pic.twitter.com/cdpXi56Kzk
「When You’re Home」でNinaが「昔は全てが地下鉄の地図の中にあって、ここが世界の頂点で、Bronxは空の上にあると思っていた」という部分を実現しているのかなと。Bennyと深い仲になり、以前のような気持ちに戻ったことを表しているのかなと思った。偶然かもしれないが私はそういう意図だと思いたい。
— るん / Lune (@nyny1121) 2021年8月24日
他にも、保留中の音楽がミュージカル『ハミルトン』の「You'll Be Back」になっているなど、コアなファンにウケる小ネタが満載で何度観ても新たな発見があり、楽しむことができました。
舞台版からいい意味でアップグレードされ、屋外でのダイナミックな群舞など映画だからこそできる技術を適度に取り入れ、才能のある若い人材を起用し、カラリズムの件を除けば模範的なミュージカル映画なのではないかと思いました。