『Soft Power』とは
2018年にロサンゼルスでプレミア上演され、2019年にオフブロードウェイで初演されたミュージカル。
脚本・作詞を担当したDavid Henry Hwangが実際に2015年に遭遇した刺傷事件を基につくられた。
作曲・一部作詞はJeanine Tesori(他に『Fun Home』『Caroline, or Change』)。
振付はSam Pinkleton。
演出はLeigh Silvermanによる。
あらすじ
中国系アメリカ人で脚本家のデヴィッドは、上海から来たプロデューサーXue Xingに、中国でヒットした『Stick With Your Mistake(間違いにしがみつけ!)』という映画を基にしたミュージカルの脚本の依頼をされる。
その映画は、夫が不倫をしても離婚をせずに結婚生活を続ける夫婦の話だ。
デヴィッドは「中国ではなぜそのような不幸な結婚生活の話がもてはやされるのか」また「アメリカではなぜアジア人は悪役や脇役ばかりなのか」疑問に感じながら仕事を引き受ける。
しかし、大統領選でトランプが選出された直後、デヴィッドは通り間に遭い、ナイフで刺されて瀕死の重傷を負ってしまう。
朦朧とした意識の中で、彼の頭の中で理想とするミュージカル『ソフトパワー』が上演される。
主人公であるアメリカにやって来たばかりの中国人Xue Xingは、空港に着くやいなや銃を持った訛りの強い英語を話す白人たち(白塗りしたアジア系の役者)に取り囲まれてしまう。
その後、XIngはヒラリー・クリントンと出会い、彼女に中国語を教えているうちに2人は恋に落ちるというものだった。
キャスト
Chief Justice / Hāli Aòhālā / Ensemble Jon Hoche
Jing / Prof. Lî Bìyù / Ensemble Kendyl Ito
David Henry Hwang Francis Jue
Bobby Bob / Jū Míng Austin Ku
Randy Ray / Yáo Tuō / Veep / Ensemble Raymond J. Lee
Zoe / Hilary Alyse Alan Louis 『White Girl in Danger』
Betsy / Lóng Lín Kūn / Ensemble Jaygee Macapugay
Airport Greeter / Ensemble Geena Quintos
Xūe Xíng Conrad Ricamora
感想
オフブロードウェイで上演されていた『Soft Power』は問題作であり、1回観ただけでは全ての皮肉や風刺、referenceを拾い上げることは不可能なほど、非常に意味深長な“musical within a play”でした。
実は開場前、結構早めに劇場に到着してのんびりしていたのですが、そこで偶然作者であるDavid Henry Hwangにお会いすることができました。
「Break a leg!(舞台の成功をお祈りしていますね)」と言ったら「Thank you for coming. Enjoy it!」と返してくれました。
これから観ようという舞台の作者に出会えるなんて、ツイてましたね。
Playbillがあればサインもらえたのになぁと後になって思いましたが、それはまたの機会にということで。
▼montageです。
SOFT POWER Montage | The Public Theater
冒頭の20分ほどは全く歌や踊りなしで、ひたすらデビッドが「中国人ってなんで離婚もせずに不幸な結婚生活を続けることを美徳としているの?」とか「アメリカの作品でアジア人って悪役とか脇役ばかりだよね。ロジャース&ハマースタインⅡ世の『王様と私』とか遅れたアジアの考えを白人が正すなんて、まさに白人優位の考えだ!」といった、中国とアメリカ両方のバックグラウンドを持つデビッドならではの考えが語られます。
その後、デビッドが刺されて、理想のミュージカル『ソフトパワー』の中で、それらの疑問点が解消されていくというような流れでした。
なるほど、だから作者は本作を「musical within a play」と呼んでいるのでしょう。
『ソフトパワー』の中では中国人のXingがアメリカ人であるヒラリー・クリントンに中国語を教えるという、『王様と私』の設定を逆転したものになっており、2人は恋に落ちた末に「Shall We Dance」を彷彿とされるダンスを踊ります。
これには会場全体が大爆笑。
ただ単に『王様と私』からの引用というだけでなく、Xingを演じたConrad Ricamoraが2017年にリンカーンセンターで上演された『王様と私』のプロダクションでルンタ役として出演していたことも関係していると思われます。
(ルン・タは王様への貢物であるタプティムと恋に落ちる青年で、結果的には悲恋に終わってしまいます。)
ヒラリー・クリントンが選挙のために広報活動をしているシーンが、ショーチューンで楽しいダンスナンバーになっていましたが、この場面では途中で衣装チェンジがありました。
あとで隣の席の方に教えていただいたのですが、この時、なんとヒラリーの衣装はワンダーウーマンのコスチュームに変わっていたのです。
男性社会で活躍するヒラリーを、アメコミのスーパーヒーローたちの中で、紅一点で存在感を放っているワンダーウーマンに例えて描いたのでしょう。
▼発案者で脚本などを手がけたDavid Henry Hwangら、クリエイティブ陣が作品について語っています。
The New Musical-Within-a-Play: SOFT POWER | The Public Theater
▼観劇後の感想です。
『Soft Power』中国系アメリカ人で作家の主人公が白人優位が根強いアメリカ社会でidentityに悩みながら創作を続ける。ある日瀕死の重傷を負い、朦朧とした意識の中で、彼の頭の中で理想とするミュージカルが上演される。随所に皮肉が込められている。政治色が強い。Jeanine Tesoriの音楽が美しい。 pic.twitter.com/GhYx3NlPF0
— るん / Lune (@nyny1121) 2019年9月29日
冒頭20分程は演技のみで問題提起。『王様と私』でなぜ私(I)は白人なのか。中国ではなぜ愛し合わない2人が結婚を続ける話が一般的なのか。これらが理想のミュージカル、劇中劇で解決されていく。劇中劇では中国人がヒラリー・クリントンに中国語を教え、恋愛関係になる(『王様と私』の立場が逆転)。
— るん / Lune (@nyny1121) 2019年9月29日
作者がmusicalというよりplay with musicというように確かに一幕は芝居要素強めだが、劇中劇はコテコテのショーシーンも多い。強いトランプ批判やヒラリー・クリントンが不倫する内容が含まれ、アメリカ人一般に受け入れられるかは不明。broadway transferは厳しそうというのが個人的感想。
— るん / Lune (@nyny1121) 2019年9月29日
「ソフト・パワー」とは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や発言力を獲得しうる力のこと。(ウィキペディアより)
本作一のキラーチューンである「Good Man With a Gun(銃を持ったいい人)」なんかは痛烈な皮肉が込められていて可笑しくて最高でした。
舞台は徐々に、我々が信じている民主主義というものの不完全さを面白おかしく指摘していきます。
▼リハーサルの様子
Watch Raymond J. Lee and Conrad Ricamora in David Henry Hwang's Soft Power
舞台は、赤や金を中心に彩られ、舞台セットには漢字表記もあり、どことなく中国的。
オフの小さな舞台なのに、オーケストラ構成は22ピースという大所帯で、Tesoriの美しい音楽が優雅に奏でられていました。
「この小さな舞台のどこにオケがいるのだろう?バックステージかな」と思っていると2幕終盤で背景が上がり、背面に組み立てられた骨格の中に整然とオケが並んでいて圧倒されました。