『ラ・マンチャの男(1972)』とは
1965年初演の同名のブロードウェイミュージカルを基にした、1972年公開のMGMによるミュージカル映画。
劇中では、セルバンテスが自身の手がけた古典小説「ドン・キホーテ」を演じる様子が演じられる。
作曲はミッチ・リー、作詞はジョー・ダリオン。
脚本を手がけたデール・ワッサーマンによる1959年のテレビ向けの脚本「I, Don Quixote」を基にしている。
これは、セルバンテスが『ドン・キホーテ』を着想したのはセルビアの牢獄にいた時であるという事実に基づいている。
監督はアーサ・ヒラー。
オリジナル舞台版はトニー賞5部門を受賞している。
あらすじ
16世紀後半のスペイン。
劇作家で詩人のミゲル・デ・セルバンテスはカトリック教会を冒涜したという疑いで逮捕され、投獄される。
牢獄で囚人たちに持ち物を身ぐるみ剥がされそうになったセルバンテスは、自分の脚本を守るために「ドン・キホーテ」の芝居を牢獄内で演じ、囚人たちを即興劇に巻き込んでいく。
アロンソ・キハーノは姪のアントニアとともにラ・マンチャ地方で暮らしていたが、騎士道物語の読みすぎで現実と物語の区別がつかなくなり、自身を騎士ドン・キホーテと名乗り、世の不正を是正する旅に出る。
部下のサンチョ・パンザを引き連れ、愛馬ロシナンテに乗っていくと、大きな風車に出会う。
ドン・キホーテは風車が巨人であると思い込み、サンチョ・パンザの制止を振り切り立ち向かっていく。
ヘトヘトになったドン・キホーテは、宿屋で休むことにするが、そこで働く給仕係のアルドンサに一目惚れし、「ドルシネア」と名前をつけて呼びかける。
汗まみれで働くアルドンサも、ドン・キホーテにとっては貴婦人ドルシネアなのだ。
宿に泊まりに来る他の男たちとは違うドン・キホーテに、アルドンサはなぜそのように振る舞うのか尋ねる。
ドン・キホーテは、騎士道精神のもと、世の中の不正を正すために果てない夢を見続けているのだと語りかける。
キャスト
セルバンテス / ドン・キホーテ / アロンソ・キハーノ ピーター・オトゥール
アルドンサ / ドルシネア ソフィア・ローレン
セルバンテスの従者 / サンチョ・パンザ ジェームズ・ココ
牢名主 ハリー・アンドリュース
サンソン・カラスコ / 大公 ジョン・キャッスル
神父 イアン・リチャードソン
ペドロ ブライアン・ブレッスド
アントニア・キハーノ ジュリー・グレッグ
家政婦 ロザリー・クラッチー
床屋 ジーノ・コンフォーティ
感想
今更言うまでもなく、evergreenな名作です。
▼タイトル曲「Man of La Mancha」
Man of La Mancha (2/9) Movie CLIP - Man of La Mancha (1972) HD
主演のピーター・オトゥールやソフィア・ローレンをはじめ、囚人たちの多くも、いわゆる歌手やミュージカル俳優ではなく演技派の俳優たちが演じています。
その中に、ぽつぽつと舞台経験があり歌唱の上手な役者がいるという感じでした。(アントニア役の方は歌える女優さんでしたね。)
このことが、宿屋での合唱のシーンなどで、荒れくれ者が集っている雰囲気を出すのに役立っていました。
ソフィア・ローレンの歌唱も美声では決してありませんが、それがアルドンサのやさぐれた雰囲気を演出していたように感じます。
ピーター・オトゥールは『チップス先生さようなら』でもミュージカル映画に出演しており、ミュージカルにも挑んでいこうという姿勢を持っていたのだろうと思われますが、本作でも舞台版のリチャード・カイリーとはまた違う歌唱法ではありましたが、味のある歌声を披露しています。
▼「Dulcinea」
Man of La Mancha (4/9) Movie CLIP - Vision of Dulcinea (1972) HD
舞台版とは異なり、映画版では劇中劇が始まると、牢獄からドン・キホーテの世界にロケーションが移ります。
こういった部分は映画の醍醐味ですね。
大きな風車や宿屋の様子など舞台装置があまり登場しない舞台版では、観客の想像力に任せられているところが多く、それもそれでいいのですが、やはり映画版の方がわかりやすいです。
▼「Impossible Dream」
Man of La Mancha (6/9) Movie CLIP - Don Quixote's Impossible Dream (1972) HD
本作のiconicな名曲「Impossible Dream」。
初めて舞台を観た時、ドン・キホーテの楽観主義に少々呆れてしまったのですが、今こうして本作を見直すと、心の底に眠っているドン・キホーテが覚醒するような気がします。
成人してしばらくすると、青春のきらめきのようなものも徐々に失われていって、かつての夢もすっかり埃をかぶってしまっていましたが、この作品は何も恐れを知らない子どもの頃のような無邪気さや正義感を喚起してくれる気がします。
セルバンテス自身は、もちろん持参していた台本を守るために、囚人たちも巻き込んで劇中劇を始めたのでしょうが、結果的にはこの演劇を通して、物欲にまみれた囚人たちを説き伏せ、さらには宗教裁判に対峙する自身を鼓舞していたのでしょう。
単なるミュージカル『ドン・キホーテ』ではなく、劇中劇を作者セルバンテス自身が演じるというやや複雑な構成をとっていることで、「演劇が人々に与える力を、一作のミュージカルの中で証明している」稀有な秀作であることがわかります。